2020年12月21日月曜日

隣の芝生は青い? つくばでの茅刈り体験記

 

文化庁ふるさと文化財の森に指定されている茅場は関東地方に2つしかありません。

そのひとつは我らがみなかみ町藤原上ノ原ですが、もうひとつの茅場はどこの里山にあるかと言うと、なんとつくばの「高エネルギー加速器研究機構」という科学の最先端施設の中にあります。

上ノ原では例年10月に刈り取りを行いますが、それよりずうっと温かく大雪の心配のないつくばでは毎年12月に行われており、一般社団法人日本茅葺き文化協会が19日にひらいた茅刈りワークショップに参加してきました。

参加の動機は3つあって、一つは高エネルギー加速器研究機構という超近代的な施設と伝統的な茅刈とのミスマッチの妙をこの目で見たかったこと、もうひとつは上ノ原では行っていない機械刈りを見て上ノ原に適用できないか考えたいという興味。一つ足りない? あ、それは、茅刈りを楽しみたかったから。


入り口のゲートでチェックを受けて入っていくと(広大だから車で!)、まるでどこかの化学工場に入り込んだかのよう。

まわりには、周長3kmの衝突型円形加速器が設置されており、80億電子ボルトの電子と35億電子ボルトの陽電子が走りまわっており、その内側の面積は約150ヘクタール、東京ドーム33個分だとのこと。いくつかの建物を除いて全部が茅場だとすごいな、と思っていましたが、茅の優占する場所は2ヘクタールほどで、ここを茅場として提供をうけているようでしtた。

 左は変電設備? 後ろは霊峰筑波山

さて、茅刈ですが、地元茅葺オーナーたちは機械刈り、我々一般ワークショップ組は手刈りと2か所に分かれて行いました。

機械刈は、どうやったら同じ方向にそろうのだろうかと思って観察しましたが、(たまたま見た例では)刈払い機を操作する人の横に、長い棒を持った人が付き添い、ちょうど床屋さんがくしで揃えながら切るようなやりかた、ほかに伐った茅を拾って束ねる人、これを運ぶ人と、3-4人一組で作業していました。

斜面では、床屋さん式もむずかしいでしょうし、上ノ原ではやはり手刈りのほうが安全で効率的かな、というのが感想です。

あと面白かったのは、バインダー(コンバインの小さいやつ)での刈り取り。稲敷市霞ヶ浦湖畔には背の低いシマガヤの茅場があり、そこでは以前から稲刈用のバインダーを使っているそうですが、ここでもできないかと試行したとのこと。途中つる草などがあると停まってしまいましたが、おおむねうまく刈れていました。数センチくらいの小さな束を自動的に吐き出すところが面白い。平地の強みです。








Mede by Iseki (バインダーが産んだ茅束)



手刈りは初心者対象のせいもあり、鎌で刈る人、縄で束ねる人の2人一組でおこなわれました。茅は完全に枯れて硬くなっており、茅で縛るわけにはいきません。縄で縛るので、一束は上ノ原のより1.5~2倍くらいの大束、すでに十分乾燥しているのでボッチ立てはせず、そのままトラックに積み込まれました。

平地なので姿勢は楽だし、茅は湿っていないので軽くて扱いやすいのですが、1本1本が太く硬く、刈り取り作業は結構大変でした。そもそも、完全に枯れていて人間味がない、太くて可愛くない。そう思うのは身びいきですかね。

うらやましかったのは、アクセスが良いこともあり、筑波大の学生さんや、近所の石岡市などに茅葺を積極的に残そうとするオーナーさんたちがおられ、これらが多数参加されたこと。茅の可愛さや、刈る手を休めて眺める景色の良さは絶対負けないんだけどな。

ここでの悩みは、場所柄火入れができないこと。それと、セイタカアワダチソウや、イネ科のなかでもトダシバやメリケンカルカヤといった外来種が勢いを増し、年々劣化しているとのことです。(考えられる主な原因は富栄養価、土壌の劣化ではと言われています。土壌も上ノ原のようなクロボク土になっていません。)

夕方、筑波大廣田先生によるレクチャーがありました。茅草原の価値についての話は以前からも随所で教わってきましたが、炭素循環の観点から詳しい納得感のある説明がをいただき、非常に有益でした。

今回、よそと比較することて学ぶことが多くありました。

ちょうど前々日の17日、ユネスコの無形文化遺産として「伝統建築工匠の技 木造建造物を受け継ぐための伝統技術」が登録されることになったとのニュースがはいりました。対象は「かやぶき、古式の木工技術など木造建築に関わる17件(14団体)」で、対象になった日本茅葺き文化協会は意気軒高でした。今後も、連携、協力しながら、貴重な自然資源、文化遺産を次の世代につなげていけたらいいなと思った次第です。

(松澤記)



2020年12月5日土曜日

    2020茅出し・「山之口終い」神事・「ゆるぶの森」散策

  右往左往する人間をあざ笑うかのようにコロナの勢いは収まらず、第3波が猛威を振るっています。それでも何事もなかったように、季節は巡り、初冬を迎えてしまいました。茅場の作業としては、今年度最後となる「茅出し・山之口終」を112122日に行いましたので報告します。

10月末から11月中旬にかけて刈り取って寒風に晒した茅ボッチを道路端まで引き出し、トラック積みする「茅出し」そして、収穫と作業の安全に感謝する神事をおこなう「山之口終い」。

はじまりの式の後、茅刈検定の認定書を久保田さんと小池さんに手交して作業にかかった。

小池さんに茅刈検定認定証の授与

久保田さんの認定証

茅ボッチは、茅刈イベントで刈ったもの、その後23日の居残りで刈った合宿刈り、今年は113日に降雪があって茅が寝てしまって地元茅刈衆のボッチは少ないと聞いているが、それでも推定700ボッチはあるはずであり、それを確定するのも今回の作業の目的の一つ。それらはボっチを見るとわかる。ボランティア刈りは倒れているものが多いが地元茅刈衆のものは倒れず凛として立ち、上ノ原の風景に溶け込んでいる。合宿刈のボッチも地元衆のものと遜色ないところまで上達した。現地に着くと地元茅刈衆の刈ったボッチ数の報告があり、それによると492ボッチ(2460束)となっている。

今回の参加者は18人なので一人40ボッチを曳きださなければならない。昨夜の雨でぬれて重いことも考えると、今日中に終わることは無理かと思ったが、若い人も多く、皆さんの頑張りで曳きだしは16時ごろには終了した。配車された町田工業のトラック2台に積み込んで約半数を送り出す。残りは明日以降の運搬となる。夕方になるとやはり冷え込んできた。

乾燥して凛と立つボッチが茅場風景を引き立たせる

両肩に穂先を持って曳きだす

トラックに積み込んで世に出す


作業が終わって笑顔で

本日の宿は「民宿関ヶ原」

 感染防止のために、いつもの交流会は中止、夕食時に酒席を含めて少し長めの食堂の使用と席も密にならないように女将さんにお願いした。いつもより静かな夜は冷え込んで、朝、起きてみると真っ白な霜が一面に、霜柱も立っている。

 2日目は、十二様の前をきれいにして、しめ縄を張り、「山之口終い」の準備したあと、「ゆるぶの森」の散策に時間をかけて行った。

 コースは、この森で一番初めに若返り伐採をした「壮齢の森」で伐採した後の明るい森の状況を見て、キノコを種菌したところでキノコの採取、そしてブナの木のある森へ、この森にはブナが多くあっても不思議ではないがなぜか少なく3本、それでもブナの稚樹が頑張って育とうとしてる姿が見れる。途中、樹名板の付いた樹々で説明、動物の足跡もあって話題に事欠かない。この森は、適度な伐採もしているので林業のことも話せる。尾根に行くほど森の様子の違いや火入れなどの人の営みが作った土壌のクロボク土が露出しているところもあって話は縄文時代に飛ぶ。3分の1ほど行くと峠、茅場と集落と谷川岳、白毛門、笠ヶ岳、朝日岳の眺望がすばらしい、ビューポイントで休憩。此処では今年のススキの出来具合やススキの受粉のメカニズムなどを話題した。峠からは茅場に向かって下り、そこから十郎太沢を通って木馬道、もう一つのビューポイント、此処からは茅場が一望できる。そして北山さんが藤岡さんの白炭窯に到達、精錬(ねらし)に入った窯を見ながら炭焼きの作業工程などにについて説明。約2時間、3.5kmほどのコースである。

キノコのホダギで説明


食べ頃のナメコ

ビューポイントから茅場を一望


炭窯(白炭)

 このゆるぶの森では、34本のコースが散策でき、いずれも森のチカラの魅力にあふれている。散策のみでなく、今回のように茅場作業との組み合わせでココロとカラダを癒す森林浴を楽しむことが出来る。ぜひココロの病などのカウンセリングに使ってほしい。

この後、「山之口終い」神事を行い。今年の無事に終了したくさんの自然の恵みを得たことに感謝して今年度最後の茅場作業は終了した。

十二様に感謝

最後に今年の茅刈数を報告します。

  イベント刈  425束(85ボッチ)

  合宿刈り   550束(110ボッチ)

  藤原茅刈衆2,460束(492ボッチ)

 合計   3,435束(687ボッチ)

今年も目標の3000束(古民家一棟分)を世に出すことが出来ました。

                            文責 草野



2020年11月14日土曜日

自然の恵みをいただいて草紅葉と紅葉の茅場にボッチの林立する風景が・・・

 コロナ禍の中で青水は、緊張感を保ちながら活動を続けています。

今年度3回目となる活動は、茅場の保全活動の中で収穫の歓びが味わえる「茅刈」です。1031日、その歓びを味わうべく33名の参加者が上ノ原に集まりました。うち初参加者が6名と森林塾青水の知名度も高くなったようです。

 例年、まだ青いススキが多い中で刈って品質を落としていた反省から今年は 1週間ほど伸ばしてみましたが、今年のススキの生育は夏の天候不順の影響か、穂付きが悪く、雲越萬枝師匠は「この56年で一番悪い」とおっしゃっていました。確かに穂が小さく、ふさふさした穂を持つ例年のススキではありません。

                   

(穂が少ないススキとカラマツ林)

 

ススキの花は、花粉を風で運んで受粉させる風媒花なので受粉率は低く、その分群生して大量に花粉を生産します。

稲作の稲は、一か所にまとめて栽培され上に自家受粉が可能なので受粉率は90%にもなります。同じイネ科であるススキは同花受粉出来ないのでその受粉率は3割程度。受粉時期が終わると綿毛が出来て種を遠くまで飛ばします。受粉出来なかった種は飛ばないので種が残りふさふさした晩秋のススキの状態になるとされています。

今年の上ノ原のススキはふさふさした尾花が少なく、穂が貧弱です。専門家でない素人の推測ですが、受粉時期の天候の影響でなく、花の生育そのものが不良で、少ない花でも一生懸命受粉し、受粉出来なかった種が少なかったためふさふさの種が残っていないのではないだろうか。天候など気まぐれな自然環境を受け入れその中で精一杯子孫を残すために努力した結果だろうとなんだか愛おしくなり、いつかその時期に観察してみたくなりました。

さて、その茅刈、まずまずの天候で紅葉も見頃の中、まずは藤原茅刈衆の雲越萬枝師匠による一同を集めての茅刈講習です。

師匠の指導のポイントは、①茅の穂が出ていて、群生して育ちのいいところを狙い、そこに向かって刈進む。②刈る前にオミナエシ、ハギ、ヨモギなどの雑草(ゴミ)をあらかじめ取り除いておく。③刈るときは抱え狩り(稲刈りのようなつかみ狩りでは能率は上がらない)④二抱え(個人差あり)ぐらいで一束にして、ほかのやわらかそうな茅で縛る(縛り方の説明は難しいので省く)。⑤縛る場所は根から穂を除く全長の6割の高さで縛る。⑥束が一つでも自立できなきゃダメ。⑦5束を一ボッチにするとき丈夫そうな束を傾斜の下の方に置き、傾斜の上から抱きかかえて同じ束の茅(身内)をクロスさせて前で結ぶ。⑧穂のところも身内結び。⑨最後に各束を少し広げて安定させる。以上であるがこれは文章で説明するのは難しい。実際に見てやってみるしかない。この講習を受けて、参加者はそれぞれ散らばって茅刈。塾のスタッフの同行や、見回ってアドバイスしました。


(抱え刈り)


 
(身内の茅でクロスして縛る)

(穂先も縛る。茅出しではこれを持って曳きだす)
(穂先も縛る。茅出しではこれを持って曳きだす)

(理想的なボッチ)

(ススキ草原の草紅葉とミズナラ林の紅葉)

3時の休憩時には、会員の岡田さんの野点、内野さんの手作り饅頭が振舞われました。茅刈終了後には内野さんによるハーモニカ―が演奏され晩秋の草原に郷愁を誘うメロディーが流れていました。


 

(内野さんの手作り饅頭)
 
 今年も刈ったボッチ数に応じて飲水思源地域通貨「ボッチ券」200ボッチ券(日本円200円に相当)を還元することにしました。
(ボッチ券)

その数は2日間で85枚が配布されました。ボッチ券は、お米、大根、ヤーコン、手作りグッズなどの地元産物が買える仕組みで、2日目に藤原の野菜農家が上ノ原まで移動販売に来てくれて大賑わいでした。


(藤原の野菜農家の移動販売)

今回の宿泊はGo-Toトラベルでサンバードホテルとしたことも例年と違った取り組みです。温泉で疲れたからだを癒し、夕食の後の交流会では初参加の方の話題提供を中心に行われました。

2日目は、茅刈検定に6名が挑戦しました。茅刈検定は、2010年から始めて今年で5回目、これまで12名の茅刈士補が誕生している。検定時間は1時間、安全・茅刈の基礎技術、技術向上、高度技術、ボッチ数など17項目がチェックされる。今年は残念ながら茅刈士補は出ませんでした。


(鎌研ぎからチェック)

(受検者と検定者と記録者)

(受検者は飲水思源手拭帽子を着用)

(検定で出来たボッチ)

(ボッチづくり)

その後、茅刈を続け、昼食前の1時間ぐらいを「ゆるぶの森」の散策を行いました。このように作業後、あるいは作業と組み合わせて森を散策するための森林アメニティ―施設として遊歩道や座観場所を整備した森で、素晴らしい天然の色を見せつける紅葉と落ち葉の踏みしめ音を楽しみました。


(ゆるぶの森の座観場所で瞑想)

(カエデの黄色がまぶしい)

今年も自然の恵みをいただき、ボッチが林立する紅葉と草紅葉の上ノ原草原の風景(自然と人間の行為のマッチング)を見ることができました。

(ボッチの立つ茅場)

参加者一同が上ノ原を去ったと、8名が残留し古民家に合宿して113日まで茅刈を続けました。そして、その夜、上ノ原に降雪がありススキが寝てしまって茅刈がしにくくなったと萬枝師匠から報告を受けました。いよいよ冬到来です。     (草野記)


113日夜から初雪)
 

 

2020年10月5日月曜日

つくば山麓、「常陸風土記の丘」で茅葺体験をしてきました。

「茅葺き茅刈り体験研修・茅葺き講座2020」が10月3日、4日と2日間にわたり常陸風土記の丘(茨城県石岡市)にて開かれ、川端、松澤の両名が参加してきました。 主催者は青水と連携している日本茅葺文化協会、参加者は50名弱、そのほとんどが、古民家のオーナー、有機農家、茅葺職人志願者など、何らかの形での茅葺きステークホルダー、しかも若手が多い、これがまず驚きでした。有益な内容だったので、(聞き間違いのおそれも顧みず)要点をメモ、お伝えいたします。

石岡市は、筑波山の麓、自然環境に恵まれ、また昔から旗本領で豊なため、立派な民家が多い。今でも、旧やさと町を中心に茅葺民家が100棟も残っています。 30坪くらいの母屋と書院とからなり、代官クラスの格式の高いところでは、これに長屋門が加わる。屋敷の周囲に、風よけ火よけの生垣(いぐね)が設けられているのが特徴。

葺き方は、横の骨組みに縦の竹製垂木をわたし、3㎝程度の幅に割った竹の「桟(えつり、ゆずり?)」を裏側を上に、横にわたし、その上に茅を置いていく。その上に竹竿をわたし、荒縄で固定。こうした作業を何回かくりかえす。ここで使われる竹は、食用になる孟宗竹ではなく、マダケという種類のタケで、手に入りにくいとか。(竹のない地域は灌木を使用) 深く差し出された軒に付けられた縦縞の模様をつくることを軒つけ(トオシモノ)と言って、下地の白い層に稲ワラ、黒い層に煤で汚れた古茅、色の薄い層に新茅と、30センチくらいの層を3層から多いところだと8層葺く(層がつくられるのは軒の見える部分のみ)。最後に、上を竹で簀巻き状に固定(棟)、断面には棟飾り(キリトメ)をつけて完成。非常におしゃれなもので、この地方の特色とのことです。
当日のワークショップでは、茅ごしらえ、イボ結び(荒縄で土台に垂木を固定する)、カベ結び(桟や押さえを固定)、そして茅葺きの実務をさせていただきました。茅ごしらえは、長さ2メートル以上もある茅束を、ずらしたり、上下逆にしたり、切ったりして長さを整えること。屋根の上での作業効率のためで、この地方の特色とのことです。メインイベントの茅葺きは、楽しみな反面、高齢者2名が高所作業をして大丈夫かと危ぶまれましたが、現場は各時代の建物が展示されているところで、作業場所は縄文時代の竪穴住居なので、背が低く、これは杞憂でした。

1軒の家を葺くのに、最低1町歩(10000㎡=1ヘクタール)の茅場が必要、30年もてば30軒分という計算で、共同の結(ゆい)で維持管理にあたっていたそうです。 こうした茅場はなくなり、一方、霞ケ浦のヨシ原は、良質の茅場(シマガヤ=中空で小型)でしたが、飲料、工業用の水を得る目的で淡水化され、また護岸の埋め立てもあって、汚染も進み、衰退。また、昔から火入れにより炭素を固定、黒ぼく土を育ててきたが近隣の反対もあり野焼きが困難になっており、収量が半減したとのことです。

そういう経緯もあり、現在、近隣で一番の茅場は、なんと、つくばの高エネルギー加速器研究機構。 研究所を造成したあとの荒れ地10ヘクタールに茅が繁茂したのが発端で、毎年12月に刈り取りをしています。(茅刈りは、枯れてからやるのが鉄則で、そうすると炭素が根に固定され、栄養分の収奪がおこらない。冬の来るのが早い我々上ノ原と異なるところですね。) 実際刈ることができるのは3ヘクタールほどで、残りは(本来の研究所メンテのため)造園業者が刈り取ることになりますが、毎年全部刈るので雑木、雑草の侵入から免れて良質の茅場となっています。問題点は、性質上、火入れを出来ないことで、始めてからの15-6年で収量は半減、今、火入れに代わる(あるいは火入れをできるようにする?)次善策を研究しはじめたところとのことです。

お金の話ですが、茅の値段は、周囲2尺(60㎝)の縄で束ねた、直径20センチくらいの束で、生産者価格600円、末端価格1000円〜3000円。 (高エネルギー加速器研究機構で得られた茅は、地元茅葺き民家オーナーなどボランティアや、いわば結のメンバーによるものなので、安価に入手できています)

最後に、茅葺きに携わる人(ここでは茅手と言います)は、茅付記職人連合加盟者100名、ほか100名、合計200名くらい。昔から専業は無理で、副業としてやられてきたそうです。これからは、例えばIT従事者が副業で茅手になんて形も面白いのではとは、安藤邦廣筑波大名誉教授のお言葉でした。 最初に申したように、若い積極的な人が多く、新しい試みもされているようです。 指導員の一人の女性は、茨城県稲敷で、茅の育成をしているという。稲敷市(茨城県)の茅場のものを株分けし、石岡市八郷地区の休耕田に植え付ける方法で肥料はやらない、種からの育成も試行中。まだ、2-3年ですが、成果は上々とのこと。石岡市も職員を茅手として育成しているとか。働き方改革で、こういう「物好き(失礼)が増えてくると、将来は案外明るいかもしれません。

以上、松澤記

(ご興味のあるかた、「日本茅葺文化協会日本茅葺文化協会」http://www.kayabun.or.jp/ 「にほんの里100選/やさと茅葺き屋根保存会だより」http://yasatokayabuki.cocolog-nifty.com/blog/cat41476682/index.html「常陸風土記の丘と茅葺屋根について」http://business2.plala.or.jp/fudoki/08%E3%80%80kayabuki/report1.html をどうぞ御覧ください。)

2020年10月2日金曜日

楽習会報告 川場村「茅葺き屋根づくり」視察参加

今年第一回目の楽習会(流域連携)は、みなかみ町と武尊山を介して隣接する群馬県川場村で実施された「茅葺き屋根づくり」への視察参加という形で開催し、青水より計8名の会員会友が参加しました。
 新幹線の上毛高原駅とJR在来線の後閑駅に集合した参加者は、それぞれレンタカーに乗合せ、まず道の駅・川場田園プラザへ。関東有数の規模を誇る道の駅で、物産センターをのぞくと地元産の農産物が都会のスーパーの半値以下で販売されていました。明日も立ち寄ることができればいいなと思いつつ、ここで昼食をとり北山塾長と待ち合わせ、宿泊する民宿「富士見荘」に車を置いて身支度をし、すぐ先にある集合場所の古民家へと徒歩で向かいました。

写真① 会場となった古民家

今回、青水が視察参加する「茅葺き屋根つくり」は、川場村の世田谷区民健康村が主催する行事です。川場村は昭和56年に東京都世田谷区と「区民健康村相互協力に関する協定」を締結し、世田谷区との交流事業を進めてきましたが、その一環である里山塾・専科コースとして実施されているものです。
 開塾式で、里山塾の宮林茂幸校長、古民家の専門家である石井榮一講師が挨拶した後、「かやぶき五十嵐」の職人さんの指導で作業が始まりました。
 作業場所は立派な茅葺きの古民家の前庭ですが、今回屋根を葺くのは庭を挟んだ南西側に建つ元水車小屋であった建物です。屋根周りに単管で足場が組まれ、これまで里山塾の開講に合せて数年がかりで作業が進められてきたとのことです。すでに屋根の上部まで茅が葺れ棟を載せるまであと少しというところです。

写真② 足場の組まれた元水車小屋

初日は、五十嵐棟梁の指導で屋根に載せる「切り茅」づくりの作業を行いました。径十センチ程の茅の束を持って余分な枝葉を取り除いてから、切り口から1メートル程度のところで裁断機で切り、茅の下部と上部を適当に混ぜながら切断面を揃えた上で縄で縛るという作業です。全員で40束ほどの切り茅をつくりました。

写真③ 切り茅作業

写真④ 積み上げられた切り茅

曲がった茅が混じっていることもあるので、まっすぐ揃った切り茅をつくるのは大変です。普通のススキは株立ちのため、茅刈りの際は地面からある程度離れた位置で刈らないと、下が曲がった茅になってしまいます。上ノ原のススキは株立ちではないのでそんな心配は余りありませんが、茅はまっすぐでなければならないことを痛感しました。

一日目の作業は4時に終了。続いて別会場の中野ビレジの屋根付広場で行われた講義に参加しました。講義は「茅葺き屋根の構造&屋根屋の苦労話」と題し、石井講師が五十嵐棟梁の仕事を紹介しながら棟梁に質問するという形式で進められました。これまでの数々の仕事の中には、藤原の諏訪神社舞殿や、昨年の楽習会で視察した秩父市寺尾の諏訪神社も含まれていました。また、古代の葺き方である穂先を下にした逆葺きの仕事を依頼されたこともあったとのことですが、この方が雨水が自然に切れるそうで、昔の方が自然に無理なく素材を使っていたのではないかという話もいただきました。
 寺尾の諏訪神社は数年前に葺き替えたとのことでしたが、昨年視察した際は既に大分傷みが進んでいる感じがしました。その理由は寺尾の諏訪神社は麦から葺きであるためで、耐久性はススキの三分の一程度しかないとのことです。それでも麦からで葺くのはススキが手に入らないことと、身近にある材料で完結するのが、萱葺き本来のあり方であるからとのことでした。茅葺きは殆どススキと思っていましたが、目からウロコの話でした。
 宿泊した富士見荘の晩御飯は庭先でのバーベキュー。特別メニューも振舞われ、みんなでいただきました。

二日目は九時過ぎに現場に集合し、みのがや作りの作業を行いました。これは、二メートル四方に茅を麻縄で編んでいく作業で、四人一組で作業します。縄を編むのは二人で、それぞれ左右二か所ずつ麻縄で茅を編み込んでいきます。残りの二人は、編み手に10本程度の茅を手渡していきます。余計な枝葉は千歯扱きを使って落としました。

写真⑤ みのがや作り 茅を麻縄で編み込む

写真⑥ 千歯扱きで余計な枝葉を落とす

四人の息が合わなければ効率よく進みませんが、あまり急ぎ過ぎると編む個所がずれたり、真ん中だけ膨らんだりします。均等に編み込んでいくためには、両端は緩めに編むのがコツのようです。 みのがやは棟の下まで葺いた茅を押さえる形で載せるため、中央部分が柔らかくないと上手く乗りません。そのために木づちや地固め器で中央部を打ち付け柔らかくしますが、これはかなりの重労働でした。みのがやは世田谷区の次大夫堀公園の古民家で使用する分を含めて四枚出来上がりました。

写真⑦ みのがや叩き

昼食を挟んで2時半ごろまで作業は続きました。棟作りに入るまであと一歩のところまで茅葺き作業も進んだようです。最後にスタッフが小屋にシートをかけて今回のすべての作業を修了しました。お疲れ様でした。 青水の一行はこの後、田園プラザで買い物をして解散となりました。

(稲記)