2020年10月5日月曜日

つくば山麓、「常陸風土記の丘」で茅葺体験をしてきました。

「茅葺き茅刈り体験研修・茅葺き講座2020」が10月3日、4日と2日間にわたり常陸風土記の丘(茨城県石岡市)にて開かれ、川端、松澤の両名が参加してきました。 主催者は青水と連携している日本茅葺文化協会、参加者は50名弱、そのほとんどが、古民家のオーナー、有機農家、茅葺職人志願者など、何らかの形での茅葺きステークホルダー、しかも若手が多い、これがまず驚きでした。有益な内容だったので、(聞き間違いのおそれも顧みず)要点をメモ、お伝えいたします。

石岡市は、筑波山の麓、自然環境に恵まれ、また昔から旗本領で豊なため、立派な民家が多い。今でも、旧やさと町を中心に茅葺民家が100棟も残っています。 30坪くらいの母屋と書院とからなり、代官クラスの格式の高いところでは、これに長屋門が加わる。屋敷の周囲に、風よけ火よけの生垣(いぐね)が設けられているのが特徴。

葺き方は、横の骨組みに縦の竹製垂木をわたし、3㎝程度の幅に割った竹の「桟(えつり、ゆずり?)」を裏側を上に、横にわたし、その上に茅を置いていく。その上に竹竿をわたし、荒縄で固定。こうした作業を何回かくりかえす。ここで使われる竹は、食用になる孟宗竹ではなく、マダケという種類のタケで、手に入りにくいとか。(竹のない地域は灌木を使用) 深く差し出された軒に付けられた縦縞の模様をつくることを軒つけ(トオシモノ)と言って、下地の白い層に稲ワラ、黒い層に煤で汚れた古茅、色の薄い層に新茅と、30センチくらいの層を3層から多いところだと8層葺く(層がつくられるのは軒の見える部分のみ)。最後に、上を竹で簀巻き状に固定(棟)、断面には棟飾り(キリトメ)をつけて完成。非常におしゃれなもので、この地方の特色とのことです。
当日のワークショップでは、茅ごしらえ、イボ結び(荒縄で土台に垂木を固定する)、カベ結び(桟や押さえを固定)、そして茅葺きの実務をさせていただきました。茅ごしらえは、長さ2メートル以上もある茅束を、ずらしたり、上下逆にしたり、切ったりして長さを整えること。屋根の上での作業効率のためで、この地方の特色とのことです。メインイベントの茅葺きは、楽しみな反面、高齢者2名が高所作業をして大丈夫かと危ぶまれましたが、現場は各時代の建物が展示されているところで、作業場所は縄文時代の竪穴住居なので、背が低く、これは杞憂でした。

1軒の家を葺くのに、最低1町歩(10000㎡=1ヘクタール)の茅場が必要、30年もてば30軒分という計算で、共同の結(ゆい)で維持管理にあたっていたそうです。 こうした茅場はなくなり、一方、霞ケ浦のヨシ原は、良質の茅場(シマガヤ=中空で小型)でしたが、飲料、工業用の水を得る目的で淡水化され、また護岸の埋め立てもあって、汚染も進み、衰退。また、昔から火入れにより炭素を固定、黒ぼく土を育ててきたが近隣の反対もあり野焼きが困難になっており、収量が半減したとのことです。

そういう経緯もあり、現在、近隣で一番の茅場は、なんと、つくばの高エネルギー加速器研究機構。 研究所を造成したあとの荒れ地10ヘクタールに茅が繁茂したのが発端で、毎年12月に刈り取りをしています。(茅刈りは、枯れてからやるのが鉄則で、そうすると炭素が根に固定され、栄養分の収奪がおこらない。冬の来るのが早い我々上ノ原と異なるところですね。) 実際刈ることができるのは3ヘクタールほどで、残りは(本来の研究所メンテのため)造園業者が刈り取ることになりますが、毎年全部刈るので雑木、雑草の侵入から免れて良質の茅場となっています。問題点は、性質上、火入れを出来ないことで、始めてからの15-6年で収量は半減、今、火入れに代わる(あるいは火入れをできるようにする?)次善策を研究しはじめたところとのことです。

お金の話ですが、茅の値段は、周囲2尺(60㎝)の縄で束ねた、直径20センチくらいの束で、生産者価格600円、末端価格1000円〜3000円。 (高エネルギー加速器研究機構で得られた茅は、地元茅葺き民家オーナーなどボランティアや、いわば結のメンバーによるものなので、安価に入手できています)

最後に、茅葺きに携わる人(ここでは茅手と言います)は、茅付記職人連合加盟者100名、ほか100名、合計200名くらい。昔から専業は無理で、副業としてやられてきたそうです。これからは、例えばIT従事者が副業で茅手になんて形も面白いのではとは、安藤邦廣筑波大名誉教授のお言葉でした。 最初に申したように、若い積極的な人が多く、新しい試みもされているようです。 指導員の一人の女性は、茨城県稲敷で、茅の育成をしているという。稲敷市(茨城県)の茅場のものを株分けし、石岡市八郷地区の休耕田に植え付ける方法で肥料はやらない、種からの育成も試行中。まだ、2-3年ですが、成果は上々とのこと。石岡市も職員を茅手として育成しているとか。働き方改革で、こういう「物好き(失礼)が増えてくると、将来は案外明るいかもしれません。

以上、松澤記

(ご興味のあるかた、「日本茅葺文化協会日本茅葺文化協会」http://www.kayabun.or.jp/ 「にほんの里100選/やさと茅葺き屋根保存会だより」http://yasatokayabuki.cocolog-nifty.com/blog/cat41476682/index.html「常陸風土記の丘と茅葺屋根について」http://business2.plala.or.jp/fudoki/08%E3%80%80kayabuki/report1.html をどうぞ御覧ください。)

2020年10月2日金曜日

楽習会報告 川場村「茅葺き屋根づくり」視察参加

今年第一回目の楽習会(流域連携)は、みなかみ町と武尊山を介して隣接する群馬県川場村で実施された「茅葺き屋根づくり」への視察参加という形で開催し、青水より計8名の会員会友が参加しました。
 新幹線の上毛高原駅とJR在来線の後閑駅に集合した参加者は、それぞれレンタカーに乗合せ、まず道の駅・川場田園プラザへ。関東有数の規模を誇る道の駅で、物産センターをのぞくと地元産の農産物が都会のスーパーの半値以下で販売されていました。明日も立ち寄ることができればいいなと思いつつ、ここで昼食をとり北山塾長と待ち合わせ、宿泊する民宿「富士見荘」に車を置いて身支度をし、すぐ先にある集合場所の古民家へと徒歩で向かいました。

写真① 会場となった古民家

今回、青水が視察参加する「茅葺き屋根つくり」は、川場村の世田谷区民健康村が主催する行事です。川場村は昭和56年に東京都世田谷区と「区民健康村相互協力に関する協定」を締結し、世田谷区との交流事業を進めてきましたが、その一環である里山塾・専科コースとして実施されているものです。
 開塾式で、里山塾の宮林茂幸校長、古民家の専門家である石井榮一講師が挨拶した後、「かやぶき五十嵐」の職人さんの指導で作業が始まりました。
 作業場所は立派な茅葺きの古民家の前庭ですが、今回屋根を葺くのは庭を挟んだ南西側に建つ元水車小屋であった建物です。屋根周りに単管で足場が組まれ、これまで里山塾の開講に合せて数年がかりで作業が進められてきたとのことです。すでに屋根の上部まで茅が葺れ棟を載せるまであと少しというところです。

写真② 足場の組まれた元水車小屋

初日は、五十嵐棟梁の指導で屋根に載せる「切り茅」づくりの作業を行いました。径十センチ程の茅の束を持って余分な枝葉を取り除いてから、切り口から1メートル程度のところで裁断機で切り、茅の下部と上部を適当に混ぜながら切断面を揃えた上で縄で縛るという作業です。全員で40束ほどの切り茅をつくりました。

写真③ 切り茅作業

写真④ 積み上げられた切り茅

曲がった茅が混じっていることもあるので、まっすぐ揃った切り茅をつくるのは大変です。普通のススキは株立ちのため、茅刈りの際は地面からある程度離れた位置で刈らないと、下が曲がった茅になってしまいます。上ノ原のススキは株立ちではないのでそんな心配は余りありませんが、茅はまっすぐでなければならないことを痛感しました。

一日目の作業は4時に終了。続いて別会場の中野ビレジの屋根付広場で行われた講義に参加しました。講義は「茅葺き屋根の構造&屋根屋の苦労話」と題し、石井講師が五十嵐棟梁の仕事を紹介しながら棟梁に質問するという形式で進められました。これまでの数々の仕事の中には、藤原の諏訪神社舞殿や、昨年の楽習会で視察した秩父市寺尾の諏訪神社も含まれていました。また、古代の葺き方である穂先を下にした逆葺きの仕事を依頼されたこともあったとのことですが、この方が雨水が自然に切れるそうで、昔の方が自然に無理なく素材を使っていたのではないかという話もいただきました。
 寺尾の諏訪神社は数年前に葺き替えたとのことでしたが、昨年視察した際は既に大分傷みが進んでいる感じがしました。その理由は寺尾の諏訪神社は麦から葺きであるためで、耐久性はススキの三分の一程度しかないとのことです。それでも麦からで葺くのはススキが手に入らないことと、身近にある材料で完結するのが、萱葺き本来のあり方であるからとのことでした。茅葺きは殆どススキと思っていましたが、目からウロコの話でした。
 宿泊した富士見荘の晩御飯は庭先でのバーベキュー。特別メニューも振舞われ、みんなでいただきました。

二日目は九時過ぎに現場に集合し、みのがや作りの作業を行いました。これは、二メートル四方に茅を麻縄で編んでいく作業で、四人一組で作業します。縄を編むのは二人で、それぞれ左右二か所ずつ麻縄で茅を編み込んでいきます。残りの二人は、編み手に10本程度の茅を手渡していきます。余計な枝葉は千歯扱きを使って落としました。

写真⑤ みのがや作り 茅を麻縄で編み込む

写真⑥ 千歯扱きで余計な枝葉を落とす

四人の息が合わなければ効率よく進みませんが、あまり急ぎ過ぎると編む個所がずれたり、真ん中だけ膨らんだりします。均等に編み込んでいくためには、両端は緩めに編むのがコツのようです。 みのがやは棟の下まで葺いた茅を押さえる形で載せるため、中央部分が柔らかくないと上手く乗りません。そのために木づちや地固め器で中央部を打ち付け柔らかくしますが、これはかなりの重労働でした。みのがやは世田谷区の次大夫堀公園の古民家で使用する分を含めて四枚出来上がりました。

写真⑦ みのがや叩き

昼食を挟んで2時半ごろまで作業は続きました。棟作りに入るまであと一歩のところまで茅葺き作業も進んだようです。最後にスタッフが小屋にシートをかけて今回のすべての作業を修了しました。お疲れ様でした。 青水の一行はこの後、田園プラザで買い物をして解散となりました。

(稲記)

2020年9月23日水曜日

ミズナラ林・ゆるぶの森整備 -「こころ」と「からだ」を癒す森林アメニティ-体験

今年2回目の活動は9月5日、6日に16名の参加者で、ミズナラ林・ゆるぶの森整備-「こころ」と「からだ」を癒す森林アメニティ-体験-を 実施しました

  炎暑と新型コロナウイルスがまるで競うかのように私たちの生活を脅かす中、涼しい上ノ原の草原・森林でコロナ禍を忘れたひとときが 過ごせたら・・と企画した森林作業(伐採と歩道修理)と森林浴を組み合わせた森林アメニティー活動です。 今回も密にならないように会員限定としたところ、新規入会者3名が早速参加してくれました。この3名は藤原への移住希望者で北山さんの紹介で 塾の存在を知って入会。このように、塾が藤原の移住者たちのサロンみたいになってくれたら地元の活動者が増えるので、移住者の増加と塾の活動の活性化が両立することになります。

  さて、作業は、今にも雨が降り出しそうな中、まずチェンソーによる伐倒作業のお手本を北山さんの指導で行いました。その際、倒れにくい木 の伐採、伐倒木を倒したい方向に確実に倒すため、掛かり木をはずすための安全作業道具として「チルホール」の実演を行いました。また、 そのために伐倒木にロープをかける場合のツリークライミングも実演してくれました。チルホールの使い方のイラストを挙げておきます。

  

この時期の上野原

 

チルホールを使って伐倒



空模様が怪しくなってきたので本格的な伐倒作業は明日に回して早めに散策をすることにしました。やはり、途中で雨に降られました。 それもかなり強い雨です。時雨にしたら30mmはあったでしょう。激しい雨は葉っぱに止められることなく林内雨となってかなり繁茂した葉っぱの下でもすぐにずぶ濡れになってしまいました。久しぶりの全身ずぶ濡れを体験しました。でもなんだかすがすがしい気持ちでした。最近の嫌なことがすべて洗い流されたような「禊」を受けたような気分とはこんなものでしょうか。作業は中止して宿に帰り、着替えて、新規加入者を交えて交流会を行いました。この夜予定した上ノ原での野外交流会とシカウオッチングは中止となりました。

2日目は、天気も回復し、予定した遊歩道の修理と、キノコ原木と薪材の伐採です。遊歩道のそばに座観場所を確保すべくミズナラの立木を伐採しました。この時も後で動かさないでいいようにチルホールを使い遊歩道に平行になるように伐倒方向を誘導しましたがあいにくかかり木となりましたが安全に倒すことができ、その後みんなで座り心地を確かめました。

座観場所の木もチルホールを使って狙った方向に・・でもかかり木に


座観場所に設置されたミズナラの伐倒木


 この後、ゆるぶの森に作られた搬出路を1時間ほど散策しました。 

木馬道からの眺め、このあと大雨に
 
 コロナ禍で疲れた「こころ」と「からだ」を大雨と草原と森林のすがすがしさに癒された2日間でした。上ノ原のススキの生育は順調で皆さんの茅刈を待っています。                

                                                                         

文責 草野

2020年7月11日土曜日

7か月ぶりの上ノ原で防火帯整備&植物調査ほか



 自粛生活を強いられたコロナ禍、525日に緊急事態宣言が解除され、619日には、県外への移動自粛も解除になったことから、745日、昨年111617日の茅出し以来ご無沙汰していた藤原・上ノ原での活動を再開した。いつもの年であれば野焼で始まる活動が今年は防火帯の刈り払いとなってしまった。


 私は、3日に前日入りして北山さんとみなかみ町役場を訪問、鬼頭町長、宮崎副町長、金子生活水道課長、高橋環境政策室長と面談、塾長交代のあいさつと森林塾青水の最近の動きと課題について報告した。特に、ニホンジカが増えていることを受けて、町との連携のもと対策を行う必要があること、貴重な植物の保護について意見を交換した。


 そのあと、上ノ原に直行、夏の草原の風景と清々しい空気を味わうとコロナで縮こもっていた心と体が一辺に解放された。免疫力が蘇ったような気さえする、この日のために前倒しで仕事を処理し、休暇を取ってきた甲斐がある。これが上ノ原の魅力である。早速、草花とススキの生育状況を見て回った。両方とも順調で草花は昨秋より増えていることを確認、ヒメシジミもナワシロイチゴやアザミに群がっている、思わず「そんなに密になっていいの」とつぶやく・・・。上ノ原の自然は世間の禍をよそにいつもの通りの賑わいである。
この時季の茅場風景

 

 

前日入りで、参加者のためのある準備をしておくことを決めていた。それは今回が今年初めての作業であり、山之口始めの神事を行うので「茅の輪」を作って参加者とともに無病息災を祈ることである。茅の束を丸く繋いで円を作ればいいのだが「芯」が必要である、ホームセンターで園芸用の鉄製門型支柱を2本買い、ビニールパイプを切ってジョイントに使い円形にすることで簡単に作ることが出来た、茅束を括りつけ茅の輪が完成、十二様の前に設置して、明日からの作業が梅雨時であり雨は仕方がないが強く降られないように祈った。
 
出来上がった茅の輪
 
 
 土曜日朝のニュースで線状降水帯の発達でわが故郷の熊本芦北が大変な状況であることを知った。幸いに実家の無事が確認できたので参加者を迎えに出発。

 防火帯整備は機械を使い重労働であるので例年は参加者が少ない活動であるが、今回は会員限定でも15名にのぼり、再開を待ち焦がれての参加がわかる。今回の活動は、感染防止に配慮して除菌スプレーなどを準備、3密を避けて、乗車も定員の半分、宿にも一部屋の人数を配慮いただき、参加者には食事時の大声・大笑いの自粛をお願いして交流会も中止しなどの感染防止対策をとった。

 初日は、朝食時に雨が強くなったもののその後は時折の小雨、茅の輪をくぐっての山之口始めの神事を皮切りに防火帯刈り払い、植物調査を実施。
 
茅の輪くぐり

山之口始め神事

 

刈り払いは、沼田市在住の斎藤会員(茅刈士補)があらかじめ出役して刈払っていただいたおかげで全線を一日で完了。
 
防火帯刈り払い
 
 

植物調査は、36人で水飲み場からカラマツ林までの林道沿いの往復をラインサーベイ、対象はシンボル昆虫のヒメシジミ、外来種のヒメジオン、代表的な花のアザミの個体を数える、毎年同様な調査を継続している。今年は、ヒメシジミ257匹、ヒメジオン26個体、アザミ325個体であった。
植物調査
ヒメシジミのペア


植物調査
 
ノアザミ

もう一組の調査隊はよく似た植物の見分け方を現物と見比べながら学習してもらった。
 
作業が終わって
 
この日の宿は「ロッジたかね」源泉かけ流しの温泉付き民宿である。この日は日本自然保護協会の出島さん、萩原さん、群馬県林業試験場の主任研究員で獣医師の坂庭さんが日程を合わせて合流、夕食後、ニホンジカ対策講座を開催。自然保護協会は、「上ノ原のシカの誘因捕獲による低密度管理」についてレクチャー、坂庭さんはシカの生態や密度管理について学術的に解説され。参加者の質問に懇切丁寧に答えていただきとても有意義な講座となった。
上ノ原のシカ害(剝皮食害)
 
  2日目は、630分から早朝講座、宿のご主人の持山において北山さん達が自伐林業スキームで搬出路を開設したものを視察した。美しいブナ林やカラマツ林の中に縦横無尽に開設された搬出路は軽トラが走行できる搬出路だが遊歩道としての利用も可能で観光資源としても期待される。
美しいブナ林

ブナ大木

自伐林業の説明
 上ノ原での本日の作業は、萩原さんの指導のもと、シカを誘因するための3鉱塩を置く場所3ヶ所の決定、上ノ原のライブカメラの設置、よく似た植物の調査の継続である。

シカの誘因は、シカが好む鉱塩を地面において、それを撮影できるところにセンサーカメラを設置、シカが鉱塩がそこにあることを認知して足繁く通うようになったことがカメラで捉えられたら、くくり罠を仕掛けることになる。注意すべきは林縁部であること、獣道でないこと、罠の見回りに便利なことを考慮する必要がある、ほかの獣がかからないシカだけを狙う方法である。
 
シカ対策センサーカメラの設置

鉱塩の設置

鉱塩とセンサーカメラ

 
 この日、南側、中央部、北側の3ヶ所に設置した。
ライブカメラは会員の民宿吉野屋の主人(元電気工事職)吉野一幸さんが主体となって南側の茅場全体と谷川岳が臨める場所にあるスギの木に設置、ソーラパネルを電源に1時間ごとの静止画を送り、ホームページで見ることができる
http://www.commonf.net/


 
ライブカメラの設置
 

 早速、その日の10時からの画像が見られている。素晴らしい景色が毎日見られ、入込者の監視もできて貴重な動植物の保護にもつながるので北側にももう一台ほしくなった。
今回は、再び増え始めた東京及び近県の感染者の状況もあって気を使った活動となったが今後の活動もWithコロナを意識したあらゆる感染防止を伴った活動にならざるを得ない。
今回、久しぶりに2泊3日で森林・草原に親しんだ。2泊3日の森林浴をするとNK (ナチュラルキラー )活性が増強し免疫能が1か月間持続するとされているが、消化できなかった仕事の処理のため日曜日に仕事場に立ち寄って、帰宅が遅くなってしまったので効果は半減しただろう。
もったいない。
最後にこの時季の上ノ原の植物たちの賑わいの一部を紹介。
ナワシロイチゴとヒメシジミ
 
モミジイチゴ(紅葉苺:黄苺)
 

ヤマアジサイ

ホタルブクロ

クマイチゴ(熊苺)
トラノオ

ウワミズザクラ


 
                      文責 事務局長 草野
 

                       

2020年4月5日日曜日

上ノ原のムラサキ復活を夢見て

 上ノ原のススキ草原が200haほどあった昭和40年(1965年)以前には上ノ原にもムラサキ(紫)が生えていたという。
 ムラサキは、ムラサキ科の多年草で、初夏から夏にかけて小さな白い花をつける。
抗炎症作用、創傷治癒促進、殺菌作用がある有用な生薬であり、青みがかかった紫色の日本の伝統色の染料でもある。
 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る” など10首が万葉集に登場するほど歴史は古く、奈良時代から江戸時代末期まで栽培が行われていたが、明治時代以降は合成染料の登場により商業的価値が減少し、自生のムラサキは植栽や開発による草原の減少とともに絶滅危惧種レッドデーターブック1Bにランクされるまでになってしまっている。
 かって上ノ原にあったということは、上ノ原がムラサキの生育に適している土地であり、これの復活が「ふるさと文化財の森」に設定された上ノ原茅場の究極の再生ではないかと考えて活動のなかで取り組むことにした。 
そこで、3月17日、北山さん、稲さん、松澤さんと東京都西多摩郡檜原村で「江戸むらさき」の栽培に取り組んでいる「ひのはら ムラサキプロジェクト」を訪問した。
 このプロジェクトは一般社団法人 湯久保宿を主体に取り組んでいるもので在来ムラサキを次世代に継承しようと活動しているものです。
 湯久保宿代表の丸山美子さん、ご主人の二郎さんから湯久保宿のムラサキ栽培活動についてお聞きした後、高橋園芸の高橋亨さんの温室を訪問してムラサキの特徴や栽培方法などについて教えていただきました。
高橋園芸の温室の中のムラサキ

 檜原のムラサキは1957年(昭和32)年に松生山(旧茅場)で下刈り中に偶然発見されたものでその子孫が大切に栽培されてきた。それを引き継ぐ形で丸山美子さんが代表を務めた草木染愛好会と村の人々の手で大切に受け継がれ、現在に至っている。2014(平成26)年には、農業生物資源研究所(つくば市)に「檜原在来ムラサキ」としてジーンバンク登録もされた。
 江戸時代にはこの付近のムラサキで染めた布は、青みがかった紫色が「江戸むらさき」として珍重されてきた。
 東京都無形民俗文化財に指定され、江戸時代から伝わるこの地区の祭「小沢式三番(さんば)」に登場する翁の衣装にも、ムラサキで染めた布が使われているそうで、ムラサキがこの地で自生していたことがわかる。
ムラサキで染めた布

  これからは、この貴重な在来種のムラサキを草木染などに活用して「檜原ブランド」に育てたいと丸山さんはおっしゃっていた。
 高橋さんの温室では2月に捲いた実生が発芽し始めていた。

今年の発芽苗


昨年の2年生の苗もすくすく育っている。

2年生苗
多年草であるから秋には地上部が枯れるが、株から新芽が出てくる。

昨年の苗から新芽出てくる
根は1年生でもポットの中にぎっしり詰まりこれが染料の材料になる。
一年生でも根がポットにビッシリ、成長は早い

 種は10月頃に獲り、川砂と混ぜて冷蔵庫で保存するそうだ。
 高橋さんは開口一番、微笑みながら「ムラサキは気難しい植物だ」とおっしゃった。
発芽率も低く、発芽時期が一定でないようだ。だけど、適切な施肥により発芽した後の成長は早い、種は低温にさらし休眠打破させる必要があるようで、冷蔵庫で貯蔵するようになって発芽率が高くなったようだ。上ノ原の場合、秋に取り撒きすれば、雪の布団の下は冷蔵庫と同じ状態なので休眠打破が自然状態で出来る。そのほか、根の成長を促進する肥料(カリ分)が必要なこと、いい色を出すために根を赤くする肥料を施すことなど貴重な技術情報をいただきました。
 ムラサキは水はけがよい朝日の当たる斜面を好む。
上ノ原茅場の中で、このような条件のところを選んで播種すれば雪の布団で休眠打破させ、根の成長に効果のある野焼で出来た木草灰(カリ分)があるので生育に好条件である。復活の可能性は非常に高いと自信が出てきた。
 藤原の高壮齢の方は山野草の栽培が得意である、これらの方々の力を借りて上ノ原のムラサキを復活させるとともに、休耕田などで栽培して、将来は、紫根、生薬、ポット苗などを藤原ブランド 「奥利根ムラサキ」にしたい夢は膨らんでゆく。
お世話になった皆さん

上ノ原にムラサキが復活する夢が膨らむ


                                           文責 草野