2019年9月12日木曜日

ヘルスツーリズムの森林づくり 遊歩道貫通・樹名板付

 例年の9月の活動は諏訪神社大祭に併せて実施するミズナラ林整備である。
今年は,諏訪神社のお祭りは獅子舞の奉納が取りやめとなったので、いつものお祭りへの参加はなし。

 この時季の上ノ原は,まだ夏の日差しであるが涼風が吹き、ススキが赤みがかった穂を出して、オミナエシ、ヤマハギ、ツルリンドウなどの秋の草花が咲き、虫の音が聞こえる。中でも邯鄲の声が心地よく、まるで草々が鈴を振っているようである。

この時季の上ノ原  「邯鄲が 鳴いて茅場が 鈴を振る」


ツルリンドウ

オミナエシ
 
ノアザミとヒョウモンチョウ


 今回の作業は、ミズナラ林北側のゴルフ場コースに隣接する壮齢林内に作設済の搬出路兼散策路と6月の活動で作った散策路をつないで草原から壮齢林の散策コースを完成させることである。
参加者は、首都圏からの15名(うち日帰り2名)と現地から北山さんが参加、参加者が道づくりになれたこともあり、比較的緩やかな斜面で、横木の設置が余り必要でなく、木漏れ日の射すさわやかな空間のなかでの作業は思ったよりはかどった。3時半頃には前回の歩道の終点に到達して、これで貫通である。

研修の成果を披露


歩道作りは慣れたもの

残りの時間は、座観場所の設置、前回丸太を四角に並べて作ったおいたのを利用してみると座り心地が悪い。その代わりに散策路の斜面上部にミズナラを倒して一列に並べるような座観場所を作った。いわゆる倒木座観である(写真)。みんなで一列に座ってみるとなかなかよろしい。

倒木座観で勢ぞろい

これで森林ヘルスツーリズムを実施する基礎ができた。このヘルスツーリズムの森を仮称「ゆるぶの森」としているので完成した散策コースの名称は「ゆるぶコース」が有力。

 この日の宿は関ヶ原、夕食後、はす向かいにある「居酒屋パル」で車座講座・交流会を行った。車座講座の話題は、神奈川県で林業従事者ガイダンス講座を受けた藤岡隆司さんに体験談を語ってもらった。

 2日目は、「ゆるぶコース」の樹木に樹名板を取り付ける作業である。既に樹名が記載された板を手分けして持って、散策路のそばの樹木に次々と取り付けていく。
クリに樹名板取り付け

 
 ここで、藤岡さんがスマホできれいに撮ってくれた樹名板を取り付けた樹木の中で主なものをラインナップ
アズキナシ
 
ホオノキ

カツラ

ヤマブドウ

ハウチワカエデ

ミズキ



ツタウルシ(木に巻き付いている三出複葉の葉)

ハリギリ(センノキ)

ウダイカンバ(マカバ)


ブナ

ブナの裏に着いた熊の爪痕

最後に森の中で見つけた秋の果実

ムシカリ(オオカメノキ)
 

ミヤマガマズミの実に秋の気配

ブナのところまで行って本日の作業は終了。その後関ヶ原でお祭りのお赤飯をいただき、諏訪神社に参拝して帰路についた。
                                     草野記
 

2019年7月21日日曜日

活動報告 自然環境モニタリング -賑わいを実感-


草原の簡易的なモニタリング調査として、上ノ原のシンボルであるヒメシジミ、7月に咲くアザミ類、外来種のヒメジョオンの個体数調査を3人で行いました。1時間位かけてメインの通路沿いを歩いて、周辺に見られる対象種の数を地道に数える方法です。結果としてヒメシジミはなんと663個体、アザミ類は140個体、ヒメジョオンは19個体が見られました。ヒメシジミが乱舞している様子は見ればわかりますが、実際に数えてみるとその多さに改めて驚きました。梅雨の間の晴れ間だったこともあるかもしれません。
ナワシロイチゴに群がるヒメシジミ
エコパークに関するモニタリング調査のために日本自然保護協会が設置している自動撮影カメラのデータの回収を行いました。ニホンカモシカ、ニホンジカ、ツキノワグマ、ニホンザル、ニホンノウサギ、ニホンアナグマ、キツネ、タヌキ、ホンドテンなどが写っていました。日中は見ることのほとんどない生き物も写っていて、上ノ原の草原や森林が多くの動物達に利用されていることがわかります。ニホンジカは数年前までは上ノ原には来ていないかもと思われていましたが、今回の調査では少なくない枚数が撮影されていました。今後はシカ対策も考えないといけないかもしれません。
 
センサーカメラに写ったニホンシカ
 
ツキノワグマ
 
 
                            西村記

活動報告 防火帯刈払 侵入木除去 自然環境モニタリング -ヒメシジミとともに-

 7月13、14日、来年の野焼きの準備作業である常設防火帯の刈払い、侵入木除去、自然環境モニタリングを行いました。刈払に7名、侵入木除去に3人、自然環境モニタリングに3人がつきました。
 暑い時期に防火帯や侵入木除去を行うのは、草や樹木がこの時期までは発芽や葉の展開で昨秋までに貯めたエネルギーを使い、これ以降は、光合成を盛んに行ない次の季節に備えて体内にエネルギーを貯め込み始めるからで、この時季に草刈りや除伐を行うとその後の再生やぼう芽のためにわずかに残ったエネルギーを使い体内に次季のエネルギーを貯めることが出来ず再生力が衰退するからです。
 林業ではこの時季に下刈りといって植栽した幼木の刈り出しを行いますが、これは周りの雑草や灌木を除去することで植栽木の日当たりを良くして光合成をしやすいようにするのと,前述のように周りの雑草木を衰退させ、人のチカラで植栽木の光の獲得競争を助けるのです。
 今年は、新たに電動刈払機が2台増え、齊藤さんの機械持ち込みの助っ人もいれて、7台で周囲の防火帯を刈り払いました。今年は比較的気温が低く助かりましたがそれでも汗びっしょりの作業となります。今日一日で終了すると目算していましたが歩道刈りも行ったため南側の防火帯が一部残ってしまい2日目に電動刈払機で尾島、稲さんの女性2人に30分ほど刈ってもらいました。
刈り払い機の前にヨツバヒヨドリが
 


私は、十郎太沢沿いの防火帯を担当。刈り始めてすぐに気づいたのは、刈られる草群から一斉に飛び立つヒメシジミの群れが多いこと。機械を止めて観察するとナワシロイチゴの花にヒメシジミの群、それがあちこちにあります。中にはノアザミに群がっている集団も、これほどのヒメシジミの群舞は久しぶりです。ここ4,5年見られなくて心配していたのですが発生の周期なのか、気候のせいかわかりませんが見事に復活です。 可憐なヒメシジミを写真で堪能下さい。

ナワシロイチゴの花に群がるヒメシジミ(表が青紫色♂ 暗褐色は♀)

ヒメシジミの幼虫の食草はアザミ類 オオイタドリなど

ナワシロイチゴは上品な味と香り、彼と彼女の舌鼓が聞こえてきそう




そういえば,今年はナワシロイチゴが多いように感じます。この植物は日当たりを好むので、防火帯や道路の作設で適した生育環境が増えたのでしよう。その結果ヒメシジミも増えたという生物多様性の連鎖を生んだのではないでしょうか。そう考えるとナワシロイチゴやアザミを刈ってしまうのはヒメシジミに悪い気がして出来るだけ残すようにしました。
 ヒメシジミが群がるナワシロイチゴの花、どんな味だろうとなめてみました。。ヒメシジミの可憐な姿にぴったりのとても上品な甘さと香りです。他にもギボウシ、ホタルブクロ、オオウバユリ、シオデ、ミヤマオダマキがあるたびに刈り取らないように慎重に機械を操作するためいつもより時間がかかってしまいました。ついには空想の世界に入り、「上ノ原の棲み心地はどうだい」「伴侶は見つかったかい」「冬はどうやって過ごしているの」など刈りながらヒメシジミとの対話です。安全上はもちろんNGです。
 今年の夏の上ノ原、特に様々な草花や昆虫が目に付きまし。.この時季の賑やかさは来てみないと実感できません。
ノアザミの色も鮮やか

ギボウシ 「貴女たちこんな花を咲かすのね!」

増えて欲しい山のアスパラ「シオデ」

刈り出したオオウバユリ

蛍を入れてみたいホタルブクロ

ハウチワカエデの種子(飛ぶには早い)
 



西村さんの自然環境モニタリングの報告(この次のブログを参照)の中でもありますようにセンサーカメラに写った動物も多く、上ノ原の生物多様性の豊かさを実証しています。これもコツコツと15年続けた茅場再生作業の成果でしょう。
この時季の上ノ原


 

この夜の宿は、「たかね」、日本茅葺き文化協会の上野さんと一緒に参加された京都美山町の茅葺き職人の塩澤さんに茅や茅葺きのことを沢山教わりました。塩澤さんは車イスでの生活ですが、障害を克服して茅葺職人を続けておられる情熱あふれる方でした。
 今年の茅刈りは、上ノ原着手15周年とふるさと文化財の森指定記念の茅刈イベントを企画することになりました。8月には実施内容を明らかにします。みなさん、是非参加して盛り上げて下さい。
 2日目は、残りの刈り払いを30分ほどで終了して、来年の事業として計画している,ヘルスツーリズムを意識しながらミズナラ林を散策しました。
雨の中でも苦にならず散策

この森は、途中、本降りになった雨にもほとんど濡れないほどの壮齢で様々な樹種が比較的大きな木があり心身のリフレッシュには最適です。

ミズナラの大木
 
                                        草野記

 
 
 

2019年6月25日火曜日

本多静六博士の功績を訪ねての学習会に参加して


今回の下流圏会員親睦学習会に参加した草野の感想です。

本多静六博士は、1952年(昭和27年)に85才でお亡くなりになっているので、住む場所は遠く離れているが私は博士と同じ空気をしばらくは吸っていたことになる。

本多静六博士
 
   林学の祖として尊敬してやまない博士のことは高校時代「育林」の授業の中で、恩師から「赤松亡国論」の主張者として教えられて、森林や林業への探究心が芽生えた当時の私の脳裏に強烈な印象として残り、いつか博士の功績に触れてみたいと思っていて、今回それが実現した。

「赤松亡国論」は本当の論文名は「我国地力ノ衰弱と赤松」であるが何時しか歪曲されておどろおどろしいものにされたものの森林・造林施策に対する警鐘でありその趣旨は森林・林業に携わるものとして現代でも心しておかなければならないものである。

博士は、鉄道林の造成提案などの林学分野ばかりでなく全国(海外)の公園の造成、風景策による地方振興への功績も偉大である。携わった公園設計と風景策は、全国に75箇所に及ぶ。大沼公園(北海道七飯町)、鶴ヶ城公園(福島県会津若松)、敷島公園(群馬県前橋市)、日比谷公園(東京都)、明治神宮の森(東京都)、森林公園と奥秩父(埼玉県秩父市)、懐古園(長野県小諸市),天竜峡風景利用策(長野県飯田市)、舞鶴公園改良(愛知県名古屋市),箕面公園(大阪府箕面市)、六甲山公園設計(兵庫県神戸市)、大濠公園(福岡県福岡市)、湯布院温泉(大分県湯布市)、霧島公園(鹿児島県霧島市)、南山公園(韓国ソウル市)と全国津々浦々にわたり博士の設計で現在の日本の公園風景がある。正に「公園の父」である。

本多静六記念館の写真にもあるように「月給の4分の1天引き貯金」のように財産形成法も有名であるが残された人生訓も敬服するものが多い。
 
 

写真にあるもの以外でいくつかを紹介。

あせらず怠らず 長い道を辛抱強く 進んでいくよりほかはない。

人間は活動するところ、そこに必ず新しい希望が生まれてくる。

もし老人のゆえをもって 安穏怠惰な生活を送ろうとするならば それは取りも直さず人生の退歩を意味する。

人は気の持ち方一つで 陽気にもなり陰気にもなり 愉快にも悲しくもなるものである。

今回の学習会は各施設で説明者に恵まれ濃密で有意義なものであった。
 
                                        文責 草野

 

 「日本の林学・公園の父本多静六博士と資本主義の父渋沢栄一翁の功績を訪ねて」


下流圏会員親睦楽習会実施報告

 
 今年度からの新企画、下流圏会員親睦学習会。その第一回は「日本の林学・公園の父本多静六博士と資本主義の父渋沢栄一翁の功績を訪ねて」と題し、6月15・16日の両日、9名の参加で実施しました。

初日は雨模様の中、9時に久喜駅に集合した参加者は車2台で出発。最初の目的地は、岩槻にある木力館(きりょくかん)」という木の博物館。さっそく大槻忠男館長から説明を受けました。
 
木力館で大槻館長の人生観あふれる話を聞く
 

大槻館長は昭和30年に材木屋に就職、体で覚えた仕事が好きになり、昭和41年に独立して(株)大忠を創業しました。
 
巨大な桑の根っこの前で
 

大槻館長は、人工乾燥は木を殺すので、木材は天然乾燥に限ること。海外では家は地元の大工が建てるのが当たり前。どんな住宅も一律に瑕疵担保10年はおかしいことなど、五感で体得してきた経験をもとに、利害関係の絡んだ業界の問題点も含めてわかりやすく語っていただきました。
 
 

その後、車で五分ほどの見学用の家に移動。囲炉裏の周りに腰を降ろし、木の温もりを感じながらのひと時を過ごしました。
新築日本家屋の囲炉裏を囲んで

木の香りの中でのお茶の時間
 続いて、元荒川、古利根川を渡って松伏町へ。松伏町は古利根川と江戸川に挟まれた地域で、間を中川が流れています。通ってきた川は流れが堤防の両端までかかり、水位も高く感じますが、町職員の小林さんによれば、この付近は水害に見舞われてきた歴史があり、いつも通りの流れとのことです。

昼食は、周辺の町からも客がくる人気の蕎麦屋「桂」。名物の鴨汁蕎麦は、濃厚なつけ汁と薄切りの鴨肉がよく合って美味しかったです。

県営緑の丘公園の脇を通り、農協の直売所で買い物をしてから、東北道・圏央道・関越道と高速を乗り継いで一路秩父へ。

夕方、秩父神社に到着すると、ようやく雨も小降りになり、拝殿前でお参りした後、神職さんより説明をいただきました。左甚五郎作と伝える彫刻の施された重文の御社殿は、今年の7月より5年計画で彫刻等の修理保存作業が始まるとのことす。
秩父神社で説明を受ける
その後は、今日宿泊する民宿「展望の宿 すぎな」へ。夕食後の交流会では、草野塾長が秩父神社前の酒屋で求めた秩父錦とフルボディのワインを美味しく頂戴しました。

二日目は、雨上がりの清々しい朝を迎えました。

8時半に宿を出発し、最初に萩原の諏訪神社にある茅葺きの歌舞伎舞台を見学。他に神社の本殿なども茅葺きで、屋根は少し傷んでいますが、田舎歌舞伎が奉納される10月は、大いに賑わうようです。
 
萩平の歌舞伎舞台
 続いて長瀞経由で道沿いの景色を楽しみながら渋沢栄一記念館のある深谷市へ。途中、「花植木街道」や「コスモス街道」を通り、トウモロコシ畑やネギ畑が見えたところが深谷市。利根川までほど近い血洗島に澁澤栄一記念館があります。
澁沢栄一記念館
 
 

平成29年に上皇上皇后両陛下が視察されていますが、明治の初めに宮中での御養蚕が復興される際に、政府中枢に養蚕のわかる人間がいないため、養蚕農家の生まれで、富岡製糸場開設に関わった澁澤が相談役をつとめたとのことです。記念館では解説員に説明をいただいて30分ほど見学。続いて車で直ぐの中家(なかんち)と呼ばれる澁澤の生家へも足を延ばしました。
 
澁澤栄一の生家
 
 

続いて、今度は麦畑が目立つ下道を通って久喜方面へ。昼食をとった後、最後の目的地、久喜市菖蒲支所庁舎5階の本多静六記念館へ。本多静六の生い立ちと、首掛けイチョウで有名な日比谷公園をはじめ日本全土に及ぶ業績が、わかりやすく展示されていました。
本多静六博士
 
 

庁舎前の広場で開催されていた観光協会のイベント「アヤメ・ラベンダーフェスティバル」も併せて見学し、内容盛りだくさんの楽習会となりました。
 
菖蒲支所前広場ではイベントが
 
企画に協力いただきました会友の小林哲也さんに心から感謝申し上げます。
 
                           (稲記)