2023年11月1日水曜日

麗澤中学校奥利根水源の森フィールドワーク ~上ノ原茅場入会の森~

  上ノ原の木々が色とりどりに染まった秋麗な10月25日、私立麗澤中学校1年生の『自分(ゆめ)プロジェクト』奥利根水源の森フィールドワークが、森林塾青水の活動の場上ノ原茅場入会の森で行われました。

 

自分(ゆめ)プロジェクトとは、麗澤中学高等学校6年間を通して麗澤教育が大切にしている感謝の心・思いやりの心・自立の心を育てるプロジェクトです。3つの心を育むために、様々な体験や実践を通じて自分のことを真剣に考え、関心・適正・能力を探り、自己理解を深めていきます。その第一歩が、中学1年生の自分(ゆめ)プロジェクト『奥利根水源の森フィールドワーク』です。生徒ひとりひとりの自己理解へと繋がっていけるよう、5月の学校の敷地内を巡る五感植物観察と合わせて森林塾青水が、インストラクターとして関わっています。昨年よりテーマをリアリティ~直に触れ感じる~として、遊びと学びを分けない心身全体に働きかける遊学を導入。すべてが気づきであり知恵になると考えました。生徒たちは、一日を通して3つのプログラムを体験します。3つのプログラムが繋がるひとつの流れと感じるように各プログラムに関連性を感じるタイトルを付けました。また、昨年の子どもたちの様子から分析し、より心が癒され、たくさんのことを感じ取っていけるように再構成しました。生徒たちは、教室と異なる観点から学んでいきます。

 【プログラム】

・自然と暮らし~雲越家古民家見学~ 30分

・自然と仕事~茅刈り体験~ 70分

・自然を感じる~観察・遊び・ヒーリング~ 140分

 <準備>

 前日の10月24日、インストラクターは、上ノ原に集まり子どもたちを迎える準備をします。まず、事前に伝えていたインストラクター心得の捉え方のポイントを、作成者藤岡から解説し、意図を共有しました。その後、散策しながら枯れ木撤去や、スズメバチが飛翔していないかの確認をしました。途中、目隠しトレイルのコースも選び、3ヶ所にロープを張りました。前日にインストラクターが下見をすることで、子どもたちにどこで何を伝えるか、プログラムの進め方を考えることができます。当日戸惑うことの無いよう、子どもたちが安全に自分を解放できるよう、綿密な打ち合わせを行っています。

 11月25日朝、五感植物観察から半年、子どもたちは、どんな成長をしているのでしょう。ドキドキしながら上ノ原で待っていると、中学1年生147名がやってきました。さあ、上ノ原茅場入会の森フィールドワークの始まりです。

 <自然と暮らし>

 国指定重要有形民俗文化財『雲越家住宅資料館』見学

豪雪に耐え厳しい山村生活を送っていた藤原の人々の歴史を、今現在も葺き替えられている茅葺き屋根の中、実際に使われていた生活用具に触れながら学びます。

 今年、古民家見学初の試みとして囲炉裏に火を焚きました。子どもたちは、それ急げと民家周辺で焚き木拾い。戻っては焚べ、またひとり戻ってきては焚べています。先人の生活の一部分を自ら楽しんでいる子どもたちの姿を見て、説明を担当した藤原若夫婦も嬉しい気持ちになったと話して下さいました。

子どもたちは、民家の中で火を焚くとどのように煙が昇り、天井に届くのか。この煙が、柱・梁・屋根に煤を纏わせ、防腐殺菌作用を働かせて日々暮らすことが丈夫な家に育て、家の安心安全を作っていくと直に感じたでしょうか。語りだけでは伝えきれない先人の知恵を体から学びました。

 <自然と仕事>

上ノ原入会地、秋の仕事のひとつ、茅刈りを体験します。先人たちは、茅刈りから一軒の家を葺くまで集落の共働としてきました。遊学の考え方のひとつに『他者と共感的世界の実感』があります。茅刈り仕事しかり、先人たちは、暮らしの中で遊学していたのです。

 さて、子どもたちはというと「もっと刈らないと縛れないんじゃない」「あっちのほうがよさそうだよ」「あれ?刈れないんだけど、どうやってるの?」と、クラスメイトと共働しているではありませんか。自ら他者と共感的世界を築いています。こういった経験が、現代の子どもたちに不足していると、茅刈りをしている姿を見ていて感じます。

 なぜそう感じるのでしょう。殆どの子が、鎌でススキを叩いています。『鎌は引くから刈れる』実演しながら言葉でも伝えますが、鎌を引いているつもりなのでしょう。けれども、叩いているのです。普段の学習スタイルが、文字・写真・映像といった、二次元で構成されている中、急に『見て習え・体で習え』と、リアリティを求められてもどうしたら良いか分からないのだと思いました。それでも子どもたちは、茅刈りを楽しんでいました。「刈っていたら穂が舞ってキラキラ綺麗だった。」「鎌を研ぐシャッシャッシャの音が気持ちよかった。」と、教えてくれました。

 <自然を感じる>

 『感じる』には、意識を解放することが鍵となります。子どもたちに「今から自然を感じましょう」と言葉だけで伝えても、『やっているつもり』になってしまうことが推測されました。そうならないよう、自然と意識を向けていけるプロセスを踏み、ワークを行いました。

 【プロセス】

  ①    導入=人を感じる

・自分を感じる(呼吸 心音)

・相手を感じる(二人組背中合わせ)

・相手との関わりを感じる(押す もたれる)

    散策

・自分の暮らす環境と上ノ原の環境を比較

・入会地の活用、持続可能な資源

・水はどこから来るのか 水源の森

     自分と自然

・好きな自然物を探す

・選んだ自然物を感じる(呼吸 触感など)

・自分と自然物との関わりを感じる(押す もたれる)

     目隠しトレイル

樹木間をロープでつなぎ目隠しをして辿りゴールまで進む




 リアリティ溢れる体験を作り出すためには、インストラクターの心に余裕がないと作れません。そのために、プロセスにはたくさんの余白があります。インストラクターは、子どもたちがどのように感じているか、その時々の反応を敏感にキャッチします。そして、子どもたちとの関わりの中から伝えたいこと、気づいて欲しことを見出し、意識の解放を導きます。それでは、どう子どもたちが解放したのか、そのほんの一部をお伝えします。



木を味わう

 人を感じるワークをキハダ中心に囲んで行い、その後キハダに触れました。木肌に虫や菌を見つける子もいれば、舞い散る木の葉に気づき、木を見上げ手を高く伸ばし、葉を捕まえようと左右行ったり来たりしている子もいます。そういえば、人を感じるワークで心音を感じているときに、風で舞う木の葉の音が聞こえたと教えてくれた子がいました。そんな子どもたちの様子を見ながら、樹皮を少し剝いで内側の黄色を監察します。舐めてみたい希望者を募り「せーのっ!」で一斉に舐めました。「苦~」チャレンジした子のほとんどが渋っ面や苦笑いの中「おいしい」と、笑顔で30分位口に含んで味わっている子がいました。

 感動を伝える

 ゆるぶの森を抜け、草原に出た瞬間「わあ」と、歓声が上がりました。「この景色持って帰りたいなあ。そうだ。先生に撮って貰えばいいんだ。」男の子は、先生にお願いすることにしたようです。「先生、そこじゃありません。もっとこっち。そうそう。あの山のあの感じを入れてください。」カメラを覗き込みながら感動した景色を細かく伝えています。満足いく一枚が撮れてニコニコしていました。

秘めていたリアリティ

 目隠しトレイルが終わると、次はいつ遊べるかが気になる子どもたち。蔓が絡まる雑木林に着いたところで「ここで遊ぼう」と、遊びの時間を取ることにしました。すぐに子どもたちは、インストラクターが見える範囲で三々五々に散り、雑木林内は、ワイワイキャッキャと子どもたちの声で満ちていきました。




 「この子たちこんな風に笑うんだあ。」子どもたちを見守っていた先生の口から漏れました。「どうしました?」インストラクターが尋ねると、「学校では見たことがない顔で笑っているんです。こんないい顔初めてみました。」そう零す先生。自然が子どもたちを解放させ、秘めていたリアリティを引き出したのだと思いました。

 感覚の実行

 すべての行程が解放を生んだ分けではありません。散策中、山道で息が上がり苦しくなっても、決してマスクを外さない子が数人いました。マスク着用は任意ですが、酸素を取り込みたい自分の体のSOSに気づけない、もしくは思考がそうさせているのかもしれません。自分で判断できなくなっている子どもたちがいたことは事実です。この4年間でそうさせてしまったのは、社会そのものだと感じました。

 フィールドワークの最後に、わたしが担当させていただいた子どもたちへ、今日が特別な体験ではないというお話をしました。

 「始めに自分の体を使って相手を知りました。次にそれを気に入った自然と行いました。茅刈りも体を使って昔の人の仕事を知りました。今日行ったこと、そこから見えてくるもの、気づいたことすべてが繋がっています。今日、考え感じたことは、街に帰っても日々考えることの根っこ、基盤となることかと思います。気持ちがいいと感じる。それはなぜだろう?疲れたと感じる。それはなぜだろう?嫌だと感じる。それはなぜだろう?『なぜ』と感じること、疑問に持つことは知りたいという欲求の現れです。たくさん気づいて『なぜ』に出会ってください。そこから学んでいくことが、みんなひとりひとりの知識として実っていくのだと思っています。今日は、みんなと過ごせてとても楽しかったです。ありがとう。」

 一日の終わり、子どもたちに「今日どうだった?」と尋ねると、一人の女の子が叫びました。「全部楽しかった。全部綺麗だったあ。」また来年、どんな子どもたちに出会えるのでしょうか。



報告 藤岡和子

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