2018年5月5日土曜日

2018野焼き実施報告 -雪山の助けがなくても人のチカラと縞焼の技術で克服-           


今年の奥利根藤原の冬は年末に記録的な積雪があったものの、その後降雪は少なく、春の訪れが早く季節が急速に進んだことから野焼きを予定した4月下旬の上ノ原の茅場は雪のかけらもない状態となった。

 昨年は、残雪が多すぎで除雪に難儀し面積も少なく気温が低く乾きが悪かったためススキの掻き起こしで何とか野焼きが出来た。そしてその前の2016年はやはり積雪が少なく今年と同じ状態であった。その時、村の古老(故人)が言った次の言葉が印象的だった。「おいら84生きているがこんな雪のない年ははじめてだ、おそらく100ぶり?ぐらいじゃなかっぺか」それからわずか2年してこの状況・・・。ご存命だったらどんな顔されただろう。それほど気候変動が激しいと言うことだろう。気候など自然が通常の状態でなければ人間生活に大きな影響を与えることになる。その分人間がチカラと知恵(技術)で克服しなければならない。今回の野焼きはそれを痛感させられた。無事に実施できた嬉しさと記録の意味を込めてブログは長文です。

428日、晴天の中、オオヤマザクラやハナモモが一度に咲いて春真っ盛りの一番いい季節に藤原入りした8名(うち1人は小生の孫、草原デビュー)と北山塾頭は、上ノ原は雪がなく、乾燥も激しいことを目のあたりにして今年の野焼きは万全の準備が必要であると自分に言い聞かせる。
オオヤマザクラ花盛り
まずは、野焼き予定地としているBブロックを踏査して、周囲常設防火帯に加えて仮設防火帯が必要であること、防火帯の可燃物のかき寄せを念入りに行うことを確認した。
本番は、Bブロック(約3ha)を仮設防火帯で4つに分割して行うことにした。面積は推定であるが①が0.7ha、②が0.9ha ③が0.5ha ④が0.3haである。

 早速、常設防火帯と仮設防火帯の設置場所を孫に手伝ってもらいながら表示して刈払機で刈り払いをする。刈ったあとは防火帯内の可燃物を焼却面に掻き込み、出来るだけ土を露出させる作業をしてもらう。その間、看板設置、作業指示、各種準備などで草原を飛び回る。その歩数、15,000歩(10km)。
草原を歩き回り区域標示
仮設防火帯の設置

 この日の作業は、翌日の参加者分を残して終了。

 イベント初日、この日も晴天、気温が高く、湿度が低い、風もあって不安が先に立つ。

参加者を待つ間、藤岡さん、駒井さん、孫は「遊棒(あそぼう)パン」焼きのパン生地づくり、他の方は、防火帯の刈り払いの手直し、レーキで可燃物掻き込み作業を行う。
パン生地つくり

 今回の野焼きの参加者は43名、役場、消防団、町田工業を含めると総勢55名、見学者が約10名、集合のあと広場の十二様の斎竹と注連縄の前で山ノ口開き神事を執り行ない、一年間の作業の無事と収穫を祈願する。
山之口開き神事

 はじまりの式では、このような異常気象の下では参加者のチカラと知恵で安全な野焼きを行うべく全面協力をお願いし、スケジュールや作業手順、注意事項を書いた木製ボード「きえすぎくん」の前で説明、きえすぎくんは無垢の木材に特殊塗装したもので書いて消せるボード。木材利用推進のエースとして期待される優れものであり参加者の注目を集めていた。
きえすぎくん登場
 
 
参加者に前泊組の指導のもと刈り払い機での防火帯切り、レーキで可燃物掻き寄せを約2時間やってもらうと当初考えていた安全対策に見通しがついた。
 
 
可燃物掻き込み

大人と一緒に少年も

 休憩を兼ねて一旦広場に集まってもらい、本日の「モグモグタイム」の「遊棒パン」焼きである。それぞれ作業中に取ってきた棒にパン生地を撒き、好みに応じて桜の葉、ヨモギ、クルミ、ススキ若芽を生地の中に練り込んで焼く。クロモジの樹脂で練りあげた生地もあってそれぞれ風味が楽しめる嗜好となっている。参加者は炭火の周りを囲みパンを焼きながらお互いの紹介や参加の動機、作業のことなどを話し合っていた。これも「遊棒パン焼き」の効果である。
遊棒パンモグモグタイム

そのあと、430分の「作業止め」の笛を吹くまでの約1時間を、類焼の危険性の高い③の林縁部の防火帯切りと掻き寄せやってもらい、本日の作業を終了。相変わらず日差しが強く、気温も高く、乾燥が激しい。この日の歩数は17,000歩(12km)

宿は、食事とサービスに定評がある「おもてなしの宿」吉野屋さん。今回のもう一つの目玉である食事後の車座講座は「火の文化と古代発火法」である。このことは稲さんが別途ブログに掲載するのでここでは割愛。

さて本番の日、いやになるほどの好天気が不安を掻き立てるが昨日の準備作業とみんなの団結で無事乗り切って見せると決意を新たにする。

上ノ原に着くと、昨日の作業と縞焼き法を結び付けて野焼の手順を「きえすぎくん」に図示して説明し、注意事項を伝える。
着火者を4人に絞り、15袋のジェットシュターを背負う人を西村さんが指名する。その前に、古代式発火法を実演してもらい、世界記録保持者、関根先生の3秒の技で採火して野焼の火種とした。

世界記録保持者の古式着火
 
930分①の区域から着火、乾燥は相変わらずだが幸いに風は山からの微風。
縞焼きは、斜面の上部の防火帯・仮設防火帯の縁から火を点けて防火帯の手前を焼き、防火帯を超えようとする火はジェットシュターで消す。三方の縁をある程度焼いたら下部を横方向に火を点けていき、その上部を一気に焼く、上からの火が燃え下がり、下からの火が燃え上がり、合体して焼き尽くして焼け跡が黒い縞になる。この時注意しなければならないのは横の縁を焼くときの風向きである。風下の方の縁を先にある程度焼き下ってから風上側の縁に火を点けることとジェットシューターの配置である。これを斜面下部方向に繰り返して、一つの区域を焼いたら次の区域に移る。野焼きの間、上空からドローンが撮影している。


縞焼法イメージ

燃え盛る炎に備える


上からの火と下からの
火が合体

縞焼き




②の区域を同じように焼き終わると①と②の黒い斜面に挟まれて仮設防火帯だけが残っている風景が美しい。仮設防火帯をわざと曲線にしたのはこの風景を創りたかったからだ。 
この間、消防団が防火帯に放水してもらい、ジェットシュター隊は、途中で水が足らなくなり何度も補充に斜面を上り下し、相当疲れているようだ。
 ジェットシュター隊の疲労と、風向きが里から山に変わり強くなったこと、残り時を考慮して③に着手した時、④の野焼きは見送ることを決断した。そのあと全体を見回りジェットシューターで残火処理して鎮火宣言は1150分、意外と時間がかかったが3区域2.1haが終了した。
仮設防火帯が機能



終わりの式の最中に③の上部から煙が上がってジェットシューターが慌てて駆けつける一幕もあったが無事に鎮火した。このひの歩数は9,000歩(6km)。

残火が心配だったので北山さんに時間をおいてもう一度見回りをお願いして藤原をあとにしたが1730分ごろ何事もないとの連絡があり胸をなでおろす。

雪のない中での2回目の野焼きで教科書に書いてあるような縞焼きができて今後の雪のないときの野焼きの実施に自信となった。前泊者をはじめ参加者の皆さんの重労働にもかかわらずの奮闘、消防団の皆さんの頼もしいサポート、役場の送迎車の提供などの全面協力、そして津田先生、増井さん、小幡さんの豊富な経験に基づくアドバイスに助けられました。
皆様に心から感謝申し上げます。

 蛇足だが、草原デビューした孫に「また来たいか」と聞いたら「微妙」と返ってきた。初体験の野焼きのインパクトは強烈だったと思うが山歩きと大人中での手伝いで疲れたのだろう。

                             草野記


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