2020年4月5日日曜日

上ノ原のムラサキ復活を夢見て

 上ノ原のススキ草原が200haほどあった昭和40年(1965年)以前には上ノ原にもムラサキ(紫)が生えていたという。
 ムラサキは、ムラサキ科の多年草で、初夏から夏にかけて小さな白い花をつける。
抗炎症作用、創傷治癒促進、殺菌作用がある有用な生薬であり、青みがかかった紫色の日本の伝統色の染料でもある。
 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る” など10首が万葉集に登場するほど歴史は古く、奈良時代から江戸時代末期まで栽培が行われていたが、明治時代以降は合成染料の登場により商業的価値が減少し、自生のムラサキは植栽や開発による草原の減少とともに絶滅危惧種レッドデーターブック1Bにランクされるまでになってしまっている。
 かって上ノ原にあったということは、上ノ原がムラサキの生育に適している土地であり、これの復活が「ふるさと文化財の森」に設定された上ノ原茅場の究極の再生ではないかと考えて活動のなかで取り組むことにした。 
そこで、3月17日、北山さん、稲さん、松澤さんと東京都西多摩郡檜原村で「江戸むらさき」の栽培に取り組んでいる「ひのはら ムラサキプロジェクト」を訪問した。
 このプロジェクトは一般社団法人 湯久保宿を主体に取り組んでいるもので在来ムラサキを次世代に継承しようと活動しているものです。
 湯久保宿代表の丸山美子さん、ご主人の二郎さんから湯久保宿のムラサキ栽培活動についてお聞きした後、高橋園芸の高橋亨さんの温室を訪問してムラサキの特徴や栽培方法などについて教えていただきました。
高橋園芸の温室の中のムラサキ

 檜原のムラサキは1957年(昭和32)年に松生山(旧茅場)で下刈り中に偶然発見されたものでその子孫が大切に栽培されてきた。それを引き継ぐ形で丸山美子さんが代表を務めた草木染愛好会と村の人々の手で大切に受け継がれ、現在に至っている。2014(平成26)年には、農業生物資源研究所(つくば市)に「檜原在来ムラサキ」としてジーンバンク登録もされた。
 江戸時代にはこの付近のムラサキで染めた布は、青みがかった紫色が「江戸むらさき」として珍重されてきた。
 東京都無形民俗文化財に指定され、江戸時代から伝わるこの地区の祭「小沢式三番(さんば)」に登場する翁の衣装にも、ムラサキで染めた布が使われているそうで、ムラサキがこの地で自生していたことがわかる。
ムラサキで染めた布

  これからは、この貴重な在来種のムラサキを草木染などに活用して「檜原ブランド」に育てたいと丸山さんはおっしゃっていた。
 高橋さんの温室では2月に捲いた実生が発芽し始めていた。

今年の発芽苗


昨年の2年生の苗もすくすく育っている。

2年生苗
多年草であるから秋には地上部が枯れるが、株から新芽が出てくる。

昨年の苗から新芽出てくる
根は1年生でもポットの中にぎっしり詰まりこれが染料の材料になる。
一年生でも根がポットにビッシリ、成長は早い

 種は10月頃に獲り、川砂と混ぜて冷蔵庫で保存するそうだ。
 高橋さんは開口一番、微笑みながら「ムラサキは気難しい植物だ」とおっしゃった。
発芽率も低く、発芽時期が一定でないようだ。だけど、適切な施肥により発芽した後の成長は早い、種は低温にさらし休眠打破させる必要があるようで、冷蔵庫で貯蔵するようになって発芽率が高くなったようだ。上ノ原の場合、秋に取り撒きすれば、雪の布団の下は冷蔵庫と同じ状態なので休眠打破が自然状態で出来る。そのほか、根の成長を促進する肥料(カリ分)が必要なこと、いい色を出すために根を赤くする肥料を施すことなど貴重な技術情報をいただきました。
 ムラサキは水はけがよい朝日の当たる斜面を好む。
上ノ原茅場の中で、このような条件のところを選んで播種すれば雪の布団で休眠打破させ、根の成長に効果のある野焼で出来た木草灰(カリ分)があるので生育に好条件である。復活の可能性は非常に高いと自信が出てきた。
 藤原の高壮齢の方は山野草の栽培が得意である、これらの方々の力を借りて上ノ原のムラサキを復活させるとともに、休耕田などで栽培して、将来は、紫根、生薬、ポット苗などを藤原ブランド 「奥利根ムラサキ」にしたい夢は膨らんでゆく。
お世話になった皆さん

上ノ原にムラサキが復活する夢が膨らむ


                                           文責 草野

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