2015年12月22日火曜日

上ノ原は昆虫たちの楽園 Symbol Insect はヒメシジミでいかが?



青水は、上ノ原の茅場を再生しコツコツとその維持利用を12年ほど行っている。

見える成果として、ススキ草原がよみがえり、毎年、重要文化建物の茅葺き用資材を供給しながら故郷の原風景としてエコーツーリズムの場として利用されている。

一方、全国でも希少で、関東に残された有数の人の手で管理された半自然草原としての生物多様性保全が発揮されているはずであり、「人と生き物たちの賑わい」と表現して活動の究極のよりどころとしている。これは最近研究対象として見出されつつあるが今一つ実感がない。

そんな中うれしくなる報告があった。本年度の第3回東京学習会で(株)プレック研究所の山崎浩志さんに「上ノ原の昆虫相」としてこれまでの3年間の調査結果を中間発表していただいた。

詳細は、茅風通信第47号でご覧いただくとして、上ノ原に生息する昆虫相はチョウ類、ハムシ類、カミキリムシ類、カメムシ類、ゾウムシ類など782種、中には珍しいものもいるようである。調査が進めばもっと増えるであろうとのこと。

水辺こそ少ないがススキ草原とミズナラ林をコアーに、防火帯、林縁部、管理道など様々な棲息環境がある。ススキ草原でも、野焼したところ、していないところ、茅刈りしたところ、していないところ、ミズナラ林でも伐採したところ、伐採木を残しているところなどモザイクが横にも縦にもある。これに継続という時間が相まって、程よい維持・管理がなされた結果であるらしい。

上ノ原の茅場と周辺ミズナラ林は、昆虫たちにとって繁殖・生息場所として私たちが気づかない間に賑わいを取り戻し楽園になっていたようだ。800種の昆虫、動物、植物がそれぞれ係り合って生態系を形成している。

2年ほど前に実際に起きたテントウムシの異常な増加は吸汁昆虫のアブラムシが増えたことに対する生態系バランスが機能した結果であるように、上ノ原では生き物が相互にバランスをとって暮らしている。

彼らもまた茅場を懸命に維持してくれているのである。まさに、人と生き物の協働作業であり、賑わいである。

このように、多くの生き物が生息する環境が出来たことはうれしいことであり、目指す生物多様性保全という生態系サービスの発揮の観点からは十分である。

しかし、各地の環境団体の活動成果を見ると例えば「ホタルが増えた」「バイカモが増えた」など目に見える成果が強調される。上ノ原は、「良いススキが増えた」「多くの生き物たちで賑わっている」それはそれでいいが正直「なんだかなー」の思いもある。

そこで、考えた。特別にそれを増やすとか保護するとかでなく全体の賑わいの中でシンボルとなるものを見出せばよい。上ノ原では邯鄲も良いが鳴き声は聞こえても姿が見えない。山崎さんにヒメシジミを勧めていただいた。なるほど、初夏ごろからナワシロイチゴやアザミに群がる愛らしいヒメシジミなら上ノ原のシンボル・インセクトとしてふさわしい。

ヒメシジミに焦点を当て参加者に様々な姿を写真にとらえてもらいコンテストをやるもよし。

ヒメシジミについての勉強会もよし。

シンボル・グラスはもちろんススキ。アニマルは、ミズナラ林を縄張りにして時々姿を見せ作業を見ていることもあるニホンカモシカの武尊君か? シンボル・ツリーは? シンボル・フラワーは? 人と生き物たちで賑わう上ノ原に行くのがたのしみになってきませんか!!
                                                    草野記



2015年11月16日月曜日

2015活動報告 茅出し 茅ボッチを世に出すお手伝いと十二様に感謝する山之口終い


気になっていた天気予報は両日とも降雨とのこと。この2,3年初雪に見舞われ雪の中で茅ボッチをかつぎ出す姿はまるで収容所の捕虜の過酷な作業と言えるような「茅出し」となっていました。

今年は、日程を1週間早め11月14,15日にしたので雪こそないものの、やはりお天気には恵まれないようです。自然には逆らえない、無理はしないがどんな天候でもできる範囲でやるのが山仕事です。今回は首都圏からの参加者14名、地元の茅刈衆4名、町田工業3名、それに地域振興をテーマにしているゼミ学生のお手伝いをいただきました。

 10月24,25日に塾の定例活動で参加者が刈った茅ボッチ、地元藤原の茅刈衆4人刈った茅ボッチが上ノ原に林立する風景はもうしばらくそのままにして楽しみたいところですが、この茅ボッチには次の大事な使命が待っています。

木枯らしに耐えた茅ボッチが林立する上ノ原

それにはトラックに積み込める作業道脇まで担ぎ(引き)出し、町田工業さんに買い取ってもらって、加工して重要建物文化財などの屋根茅に利用されることです。「茅出し」は茅ボッチが世に出て新たな価値を生むため重要な作業なのです。

 雨具を着けて、びしょ濡れの作業を覚悟しましたが、幸いにも小雨模様の中での作業となり、あらかじめ地元の方にまとめていただいていたボランティアが刈ったボッチの引き出しから始めました。

 作業は、ボッチを倒し、腰に当たるところ付近を一広ぐらいのビニールひもで縛り、2ボッチの穂先をかついで挽きずり出します。下りのところはいいのですが上りは重みが2倍ぐらいに増します。おまけに前日からの雨で水分を含み、木枯らしに倒れていた乾燥が不十分なボッチはかなりの重量です。
倒して縛って
穂先をもって引きずり出す
道路端に集積



 ボランティアが刈った茅ボッチは役場の大芦倉庫にストックするため、町田工業のダンプトラックで運びました。茅刈りの時の集計では88ボッチだったのが、積み込んでみると98ボッチ(490束)、どうやら、目玉をつけて擬人化したため、いつの間にか増えてしまったようです。


ボランティアが刈った茅ボッチは倉庫へ

倉庫でストック、スグリで色男(女)にします
 

 
今年は、4人の村人に茅刈りをしてもらいましたので、800ボッチ(4000束)を超える数があり、茅の生育状態もよく例年に比べて、背が高く質の良い茅ボッチです

2日で終わるかと心配もしましたが、参加者に地元NPOKさんたちの炭焼きの様子の見学をさせようと15時半に本日の作業は終了としました。
窯出し 熱い!!

 今回の宿は、温泉が引湯されているロッジ「たかね」。重量労働に疲れた体を癒し、夕食後は、ご主人を語り部にした車座講座となりました。

テーマは「藤原の山河・自然に魅せられて」。

ここのご主人は、奥利根の山河、自然をこよなく愛しておられ、自らも「俺の病は奥利根病」とおっしゃっています。現在68歳ですがこれまで幾度となく、利根川源流遡行()を挙行され、昨年の9月の活動の際は、67歳の誕生日に3日間かけて利根川の最初の一滴出るところまでいかれたお話を聞きました。また、奥利根山岳会に所属され「利根の山なら任せてよ」とおっしゃる山男でもあります。さらに、営林署の現場職員として40年以上勤務して山づくりに従事された方でどんな山仕事でもこなされるまさに奥利根の山のプロといえます。奥利根の山や川、動物、これまでの様々な経験や藤原の暮らしについて語っていただき、特に、「利根川源流遡行」(注)を語る際には、山のプロとしての山への愛情やたくましさがあふれていました。
奥利根の魅力を語る

注)利根川の源流は群馬県の最北端の大水上山(1,831m)であり、この山の南面にある三角形の雪渓(通称「三角雪渓」)が源頭である。ここに至るには、利根川の最上流にある八木沢ダムから、沢を遡上すること3日を要し、また困難な級以上の滝が連続し、沢登りとしては難易度としては最高度のグレードとなる。


2日目は、雨も上がり、遅れを取りもどせると喜んだものの窯出しが見られるとの情報が入ったため取り掛かりが遅れたことや思った以上に遠距離の引き出しとなって

11時になっても相当のボッチが残ってしましたが、皆さん精力的にやっていただき無事12時には全部のボッチを運び出すことが出来ました。
 町田工業のトラックに積まれて中之条に行く茅ボッチを見て大事な娘を嫁に出す気持ちになってしまいました。

今年の、茅刈り実績は、

地元4人衆の分  5060束(1012ボッチ)
 
 ボランティア分   490束( 98ボッチ)

  合計      5550束(1110ボッチ)

となりました。

この後は山の神様(十二様)に作業の終わりを報告し、収穫と無事に終了したことに感謝する、「山之口終い」神事を茅刈り衆の一人であるBさんの采配で行い、お神酒で献杯しました。

山ノ神に仕事じまいの報告と大自然の恵みをいただいたことに感謝

この日は野焼きから茅出しまで年間の活動の中で一番、喜びを感じる時です。山の神様のおかげで自然の恵みである茅が収穫できしかも無事に終了することが出来ました。ホッとするとともに大自然への感謝とご協力いただいた皆様に心から御礼申し上げます。

参加者の皆様、黙々と重労働に耐えていただきありがとうございました。
いい汗をかいた後のいい笑顔

このあと、看板はずし、炭窯で出来上がった白炭を少し分けていただき解散となりました。

                             草野記

2015年10月28日水曜日

2015活動報告 茅刈り 木枯らし1号の中に立つ目玉茅ボッチ君登場

 2015年度の茅刈りは、102425日、日光茅ボッチの会のIさんをはじめ首都圏参加者26名、町田工業から3名、地元古老3名、町役場担当者の総勢31名が参加しました。

 初日は、日が射す温かい気温となり、昨年が目を見張るほどの紅葉だったのが今年は季節が1週間ほど早いようで、やや劣るものの色鮮やかな歓迎ぶりでした。もう一つ歓迎してくれたのは尾花の綿毛が飛び始めたススキ、今年はススキの生育状態は例年に比べて良いように感じたので、町田社長や村の古老にも聞いたところ同様な感想でした。ただ、雑草の繁茂も激しく、オオヤマボクチ増えているのが目立ちます。さらに歓迎してくれたのは北山塾頭などが企画した「お散歩マルシエ」。いわゆるスタンプラリーで、登録料500円で藤原の名所を回り、スタンプを4個集めると明川の新米1Kgがもらえます。素晴らしい景色や文化財を堪能し地域の人に触れ、おいしいお土産付のGood ideaです。(https://www.facebook.com/soudamusa?ref=stream)参加者のほぼ全員が登録しました。

スタンプは、上ノ原にも2個、お地蔵さんや、湧水個所、民宿にもおいてあり、民宿などでは手作りのうどんや、おはぎ、コーヒ、ケーキが楽しめます(有料)。前日入りした私たちは民宿名倉でキノコうどんとおはぎをいただきました。亭主やおかみさんとのよもやま話も楽しく、藤原の観光関係者総がかりの「おもてなし」を感じました。

 

お散歩マルシェで焼きおにぎり

 

始まりの式で、古老の一人から「明日はヤマセが吹き雨になるので今日が勝負」との観天望気が出て一同びっくり(気象台の天気予報では夜のうちに雨が降り明日も晴れ)、

気合を入れての茅刈りとなりました。

 今年は、作った茅ボッチに目玉や帽子をかぶせるなどして、ボッチを擬人化する遊びを取り入れてみました。ボッチを広場まで運び、目玉やハロウイン衣装などを着けた茅ボッチのユーモラスな恰好が好評。お散歩マルシェで上ノ原を訪れる人々を歓迎するアートとしても役に立ったようです。


目玉付き 武尊眺める 茅ボッチ

 

お散歩マルシェ参加者を歓迎します

 

 

 

 今宵の宿は「とんち」。例によって豪勢な夕食をいただいた後は「第5回車座講座:最後の茅刈職人さんに聞く藤原の茅葺と生活」です。語り部は、塾の発足当時からお世話になっている藤原最後の茅葺職人阿部惣一郎さん。

 惣一郎さんは様々な山仕事を経験され、生活用具の手作り、藤原の郷土料理の再現など豊富な知識と技術を持った方です。例によって草野が質問し、参加者からも随時質問を受ける形で進めました。その内容は、藤原最後の屋根茅葺はいつで、村人はどんなふうに係わったのか。屋根茅葺の段取りは。費用の工面は、惣一郎さんお師匠は。いい茅の条件は。など、そのほか、青水に対する思いなどを語っていただきました。

 藤原の屋根茅葺は、集落ごとに茅場があり、葺き替えをしなければならない順番の家を決め、労力や食糧などを出しあい集落総出でやったようです。相互扶助いわゆる「結」で、自分が受けた食糧や労力などは帳面につけていたそうです。ここでも藤原の住民力が発揮されようです。

この席には、みなかみ町岸町長に出席していただき、挨拶後、惣一郎さんの語りを一緒に聞いていただきました。お忙しい中ありがとうございました。

茅はな~・・♪ 惣一郎節 

 

この夜、かなり激しい雨が降り、気温も下がり風も強くなってきました。木枯らし1号が吹いたのです。朝4時に外を除くと星空。どうやら天気は良い方にズレたようです。風のおかげで地面も乾いて茅刈りができると判断して早起きが出来た7人は、奥利根水源の森林へドライブ。

ブナはブラウンの葉をつけ、道路は木枯らし1号が落としたおびただしい落ち葉、気温はおそらく3度程度、雪が舞い、山頂は初冠雪。

おびただしい落ち葉が栄養となる

 

 

2日目の作業も茅刈り。初冠雪の武尊山をバックに約25人が従事しました。

私も、茅刈り検定希望者がいなかったことから広場の奥の茅丈が高いところに入り黙々と茅刈りです。

尾花振り スキスキススキ 迎えたる

 

刈り出さないと富栄養化になってしまいススキは良く育たないんだよなーと思いながら刈っていると、Oさんが連れてきたKちゃん(6)Sちゃん(3)姉弟の声が聞こえてきました。この光景と声はどこかで見て聞いたがする・・・と忘れていた記憶がよみがえりました。私が小学校に入る前、保育園や幼稚園などなかったわが故郷の田舎では、子供は大人と一緒に野良仕事に連れていかれ畑や山で遊んですごしました。私は祖母に連れられて茅場に行ったことがあり、時々祖母とはぐれ泣きながら呼んだものです。

歓声・泣き声・笑い声

 


 祖母が駆け寄ってきたときに見せた何とも言えない笑顔を思い出しました。今、森の幼稚園や保育園が流行っていますが昔はそれが当たり前だったのです。


k・sちゃん姉弟も茅場で駆け回ったこととお祖母さんのやさしい笑顔の記憶が残って大人になってから懐かしく思い出すでしょう。

 


 

来年は麗澤中1年生がここで茅刈りを体験することを検討しています。茅場は子供たちの情操を養う場としても役に立ちます。

 

拙句    泣いて呼ぶ 孫を看とめて 茅を刈る

    茅深し 子らを探して 鎌休む

 

 今回の活動のテーマは、「ススキを刈って世に出そう」です。屋根茅は不足しています。ススキは草原で風景として私たちを楽しませてくれますが世に出せば第2の人生(茅生)として役に立ちます。できる限り多く品質の良いものを出したいものです。

 

 そこで、「茅スグリ」をして付加価値を高めてみようと道具を手作りして試してみました。http://commonf.blogspot.jp/2015/10/blog-post.html

惣一郎さんに鎌の柄を使った茅葺職人のスグリの方法を教えてもらいながら試行しましたところこの道具使えそうです。11月、3月の活動で本格的に茅スグリをやることにします。

茅スグリ手本

 

 今回の活動で作った茅ボッチは2日間で88ボッチ(440束)です。これらと古老たちがこの日以降刈るボッチを1114,15日に運び出します。

木枯らしに 耐えて踏ん張れ 茅ボッチ

 

 
今年もたくさんの笑顔を見られました

 

 草野記


2015年10月11日日曜日

茅スグリ道具を試作しました

 上ノ原で私たちボランティアが刈ったススキの茅ボッチは、地元の諏訪神社に寄贈され、屋根茅となっていますが、しょせん素人が刈ったもの、施工会社の社長さんの話では屋根茅として使えるのは(歩留まり)半分程だそうです。村の古老が刈ったものは7~8割ですのでかなりの開きがあります。
 そこで、今年からはできる限り品質のいいものを世に出そうということで、茅スグリをすることにしました。
 茅スグリとは、刈った束から、不要な葉の部分や雑草をスグリ出すことです。プロは鎌を使い器用に茅束をスグリますが、私たちにはむつかしいので、昔から藁スグリに使っていた道具があることを知り、茅用に試作してみました。
 写真がその試作品です。木製でブラシ型とT字型を作りました。どちらが使いやすいか10月の茅刈のとき試します。
制作には、水上工房の広川さんに協力いただきました。                草野記

茅スグリ試作品

2015年10月7日水曜日

みなかみ町新設10周年記念式典 Happy Birthday Minakami 10 Years 青水のHometown ”みなかみが好き”


2005年(平成17年)10月1日、水上町、月夜野町、新治村が合併して新制みなかみ町となりました。

いわゆる平成の合併でみなかみ町が生まれました。
 平成の大合併は平成1に年をピークとして、平成11年に3232あった市町村が平成22年には1730になったのですが、新設みなかみ町もこの中の一つです。

 あれから10年が過ぎた2015104日、10周年記念式典が月夜野緑地広場で行われ、みなかみをHometownとする塾にも招待がありましたので出席しました。

 式典は、町内有志や群馬県選出国会議員、県知事などの来賓が多数出席して盛大に行われ、岸町長が合併に功労された方々に謝辞を述べ、今後のみなかみの発展に期す決意を力強く述べられました。 
 合併に際して功績のあった方々への感謝状贈呈では、塾の発足時から支援していただいている旧水上町町長で初代副町長の腰越さんにも感謝状が渡されました。それぞれの町村の事情や思惑を乗り越え将来を見据えた合併にこぎつけられた方々のご苦労は並大抵ではなかったろうと思います。
感謝状贈呈式
  この式典では次代のみなかみ町を担う児童の「町の将来への思い」を綴った作文も披露され、10周年にふさわしく若いみなかみ町が強調されていました。

これからのみなかみは先人達の業績を引き継ぎ若い世代が生き生きとしている町になってほしいものです。思わず次の言葉を思い出しました 「先人木を植えれば後人亦涼し」。  

 近いうちに、地方創生の総合戦略が策定されるようですが利根川源流地域のみなかみは、18もの温泉地を擁し、山岳景観などの自然や伝統文化などの民俗性も豊かで、観光はもちろん農業のポテンシャルが高い町ですから地方創生の模範となる可能性は高いでしょう。最近のインバウンドの伸びは目を見張るものがありますがまだまだ埋もれているみなかみ町の魅力を発掘し多様で質の高いサービスを展開してほしいものです。
みなかみの魅力はこの中にも
  青水はコツコツと上ノ原茅場を守っていますがこれも町の魅力アップにお役に立つならうれしいことです。時間がありましたので上ノ原を覗きました。今年のススキの生育は良いようです。
上ノ原茅場風景


10周年を記念したキヤッチフレーズである“みなかみが好き“もいいですね。
                                                   草野記


2015年9月19日土曜日

 他人味噌を味わう旅 日光オプショナルツアーを実施


○上ノ原を後にして

  913日、上ノ原での活動を早めに切り上げて2台のレンタカーに分乗した一行は藤原を出発。途中水上駅で1名をピックアップ、上毛高原駅で今回のオプショナルツアー(以下OT)に参加しない2名と別れ、10名となって金精峠経由で日光湯元へ向かいました(坤六峠経由がブナ林など見どころ満載でベストですが送迎の関係で断念)。

OTは今回で3回目、活動の後を利用して、これまで中之条、片品村を訪れています。

今回のOTは、青水の活動にもたびたび参加していただいている飯村さんが主宰する日光茅ボッチの会のフィールドを訪れます。日光茅ボッチの会は、日光市土呂部地区で青水と同様な二次草原(採草地)の保全活動をしている団体です。

 120号線を走り、丸沼を通過し、途中、湯ノ湖と男体山の絶景が望める金精峠ビューポイントで一休み、湯滝遊歩道を散策して本日の宿である休暇村 日光湯元に到着したのが1630分ごろでした。
湯ノ湖
 

○休暇村日光湯元

このホテルは、風光明媚な湯ノ湖湖畔に在る温泉ホテルです。硫黄の香りが強い白濁湯で温泉浴を楽しみ、地元産を使った食材の会席とサラダバイキングの夕食を堪能した後、例によって懇談会、皆さん言いたいことを言っては笑い合う和やかな雰囲気。特に、Sさんはいつもに増してのはしゃぎぶり、よっぽど楽しかったのでしょう。

翌日は、早起きして湖の周りを散策した人も多かったようで、出発は8時、土呂部までは

いろは坂を下り、日光市、霧降高原を経由して約1時間40分、途中雨が降り出しましたが土呂部集落に到着した頃は上がっていました。

○日光茅ボッチの会のフィールド 

現地では、日光茅ボッチの会の代表の飯村さん、副代表でネイチャーガイド会社「自然計画」の宮地さん、地域おこし「くりやまGo企画」代表の青山さん、そば処「ひなた」の湯沢きみえさんにご案内いただきました。フィールドは大曾根、オホッパの2地区AFまでの6区画、合計5.84haです。うち保全対象地域4.93haにはシカ食害防止用の電柵が張られ周囲は漏電防止のためきれいに刈り取られていました。土呂部の草地は、上ノ原と違って牛の飼料を採取する場所です。つまり採草地で、かつては集落の肥育牛の資料として利用されていましたが現在は1軒の畜産農家が利用しているとのことでした。上ノ原とは植生もだいぶ違って、ススキが少なく、ワラビなど多様な植物が生育しています。それだけに、草花も種類が多く多様性が豊かな草地でした。
採草地から土呂部集落を遠望
 
飯村さんの案内
 
 

私の印象に残った草花はウメバチソウ、コウリンカ、シオガマギク、サラシナショウマ、ワレモコウ、キバナアオギリ、アクボノソウなどですがこのほかにも、カラハナソウの花がちょうど盛りで口に含みむみビールの苦みを味わいました。林に入るとサンショウが実をつけておりこれらも味わいながらの散策です。柵の周囲はきれいに刈り取られた散策路となっており歩きやすく、飯村さん他スタッフの豊富な植物の知識に裏打ちされた解説を聞きながらの散策は楽しく時間の経つのも忘れてしまうくらいでした。最後に訪れたオホッパにはシバグリの木がたわわに実をつけて、地面にたくさんの実が落ちておち、みんなで栗拾いとなってしまいました。ここにはオオナンバンギセルが咲いていました。
 
カラハナソウ
ワレモコウ
 
ウメバチソウ

 
 
オオナンバンギセル
 
 
  日光茅ボッチの会の定例活動は月2回、18名の会員のほかに宇都宮大学の学生サークルや土呂部集落の協力があってなかなかにぎやかなようです。参加者集めに苦労している青水にはうらやましい境遇でした。作業は、草刈り、シラカバなどの侵入種伐採、電気柵設置、メンテ、自然観察会、植物調査など、中でもシカ対策は悩みのタネのようです。平成25年からの活動の甲斐あって、二次草原が維持され茅場風景と貴重な植物が守られています。

刈り取りは、採草利用なので刈り払い機を使っており、一定方向に倒すためのオリジナルの付属品を付けた機械を使わせてもらい大変参考になりました。また、刈ったボッチに目玉などを付けて擬人化したものは遊び心があって青水でも10月の萱刈でやってみることにしました。
 
改良した刈払機

ボッチ君

 

 草原を歩いた後は元気のいっぱいの女将さんが取り仕切る民宿「水芭蕉苑」でおいしい蕎麦・イワナ定食をごちそうになりました。たぶん10割蕎麦でしょう。ぶつ切り状の素朴な蕎麦に我が故郷で大みそかに食べる「そばきり」を思い出しました。

○霧降高原

 この後、一行は飯村さんの勧めもあって、霧降高原スゲの平の半自然草原の遊歩道を1時間ほど歩き、秋の草花を鑑賞しました。霧降高原はそのロマンチックなネーミングもあって一度は訪れたい名所でしたので私にとっては念願がかないました。90種以上の草花が生育し、鑑賞のための施設も充実した素晴らしい草原でした。ニッコウキスゲの花のころに再度訪れたいものです。
霧降高原キスゲ平
 

 霧降高原からは今市市が一望され、今度の豪雨で牙をむいた鬼怒川が曲がりくねって流れ下っていました。しかし、土呂部も総雨量540mmだったとのことですが山肌の崩壊地は想像以上に少なく、森林がちゃんと持ちこたえたことを物語っていました。何よりもあの記録的な豪雨ですからそれらが鬼怒川に集中しての堤防決壊、自然の猛威は恐るべし、この被害で日光からの鉄道の便は不通、レンタカーは宇都宮乗り捨てとなってしまいました。

被害を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

○他人味噌を味わって

 上ノ原だけを見てきた我々にとって今回の日光茅ボッチの会のフィールド視察はこれからの茅場の保全活動に参考になることが多く本当に有意義でした。

 やはり、たまには他人味噌を味わってみるべきですね。他流試合で手前の味を見直すことの大事さを知らされました。今回のOTも大成功??

 ところでこのOT紀行文も手前味噌にならないように、企画・催行した本人が書くより参加者に書いてもらいたく、参加者の中で一番熱心に質問し写真を撮り、メモをしていた方にお願いしてみましたが体よく断られてしまいました。よって、思い切り手前味噌です。

                                     草野記

 心の琴線に触れるか 上ノ原に新カンバンお目見え


9月12日に、上ノ原茅場に新たな木製カンバン3基が設置されました。

 これは、最近、上ノ原茅場がポイ捨てなどに悩まされ、昆虫や植物の採取なども見受けられることから、みなかみ町昆虫等保護条例の指定地であり、マナーを守ってほしいことを訴える何らかの措置が必要との塾の要望を受け、みなかみ町に予算措置していただいたものです。

制作者は、かねてより木製看板制作の評判が高い水上工房の広川さんです。さすが青水の元塾頭で、塾の草創期に携わり、塾や上ノ原についても詳しい広川さんが作ったものです予想通りの逸品となりました。

 
 
 
設置場所は、文面と目立ち具合を考えて広場、中央管理道と武尊登山道の交点の手前、武尊登山口の町道上側としました。この看板は11月に撤去し、春に再度設置することにしています。

  文面は、下記の3文です。

 

① 「邯鄲(かんたん)が鳴く草原の夜

  ポイ捨て空き缶が月光に不気味に光っていました」

  ここは、みなかみ町昆虫等保護条例の指定地です。

  ゴミは持ち帰りましょう。      みなかみ町

                    森林塾 青水(http://www.commonf.net

 

② 上ノ原「入会の森」は、人の力と生き物

たちのつながりで成り立っています。

ここは、みなかみ町昆虫等保護条例の指定地です。

草原維持のための作業に、貴方のお力

と昆虫・植物への愛情をお願いします

―昆虫と・植物の育つ環境を大事にしましょうー

 

 ③ 森林塾青水は「飲水思源(水を飲むときはその源を思うべし)

を合言葉に、上ノ原の半自然草原を保全する活動を

行っています。

ここは、みなかみ町昆虫等保護条例の

指定地です。

命の水と草原風景を汚さないで!
 
 
 
 

看板文は、塾で作成したもので、いずれも心の琴線に触れるものとしたつもりですが

さてその効果は!!
 
                                                  草野記