10月4日~5日、長野県小谷村の白馬アルプスホテルで開催された「第14回全国草原サミット・シンポジウムinおたり」に塾から5名が参加しました。
前日の3日昼頃に小谷入りし、現在は阿蘇で活躍する増井さんら3名と合流して栂池高原スキー場のゲレンデとなる草原を見に行きました。もちろんここも火入れにより維持されてきたそうで、雪国の山間地域に特有のカリヤスが残る草原が広がっていました。
茅の中にふと上ノ原では見たことのないマメ科の葉を見かけ、尋ねてみると「クララ」とのこと。絶滅が危惧される草原性のチョウ「オオルリシジミ」が、唯一食草として利用する植物です。県内でもほとんどの地域で絶滅したそうで、このスキー場にオオルリシジミが生息しているかは不明ですが、保たれてきた草原の価値、残していく意味のひとつを早くも見た気がしました。
その後「道の駅おたり」へ、(株)小谷屋根の3代目 松澤朋典さんの茅作品を見学に行きました。売店に入るとすぐに、レジカウンターの後に掲げられた大きな立体地図に目を奪われました。地元の小学生が刈り集めた茅を使い作られた“茅葺きアート”は、北アルプスから日本海にわたる小谷村周辺の地形を表しています。この美しさ、かっこよさは写真では絶対に伝わらないので、ぜひ小谷を訪れて実物をご覧になることをオススメします!
4日午前は「未来に残したい草原の里100選」の認定書授与式がありました。我々のフィールド上ノ原茅場も第1期の2022年に認定を賜りました。第3期の今年は小谷をはじめ新たに5か所が選ばれ、草原の里の総数は全国56か所になったそうです。各選定地による紹介スピーチからは、それぞれに生い立ちや植生、活動の個性があること、維持管理の工夫が伺えました。
午後からは「つなげよう 茅場が育んだ技術と命」というスローガンのもと、シンポジウムが行われました。基調講演で日本茅葺き文化協会代表理事の安藤邦廣さんと対談された松澤敬夫さんは、火入れや茅刈りなど茅の生産=茅場の維持から屋根を葺くまで、小谷村で約60年にわたり茅の全てに携わってこられた名匠です。そのお話はそのまま地域の伝説や民話を聞いているようでした。特に印象的だったのは、小谷の茅葺きサイクルのお話。かつてこの地域には100軒の茅葺住居があり、毎年約25,000把の茅を刈り、それを使って2軒の葺き替えと何軒かの差し茅(修繕)を行いながら、50年ですべての屋根が葺き替わっていたそう。この大きなサイクルが地域の人々の手で営まれ続けていたことは、(30代前半の私には)途方もないことのように感じました。
続いての研究報告、分科会、全体会では、茅場や茅葺き文化・技術の保全と継承について議論されました。4つの分科会ではそれぞれの視点から様々な意見が熱く交わされたようでしたが、「多様な人々が多様な目的で多様な活動をする」「茅場の総合力を生かす」を共通のキーワードとして全体会が締めくくられました。
5日の現地見学会は6台のバスに分乗し、文化庁ふるさと文化財の森に指定された2つの茅場と、長野県宝千國家住宅(牛方宿)を巡りました。快晴とはなりませんでしたが前日までの雨も上がり、参加者はやはりお外が好きな人が多いのか皆興味津々で、茅刈り体験や茅葺き体験など時間をオーバーして楽しみました。
ススキよりも細く中空であるカリヤスは名前の通り刈りやすく、サクサクした刈り応えです。上ノ原と同じくロープを使わない友結びで束にしますが、結ぶ位置は茅の背丈の半分より上と高め。茅の根本側が広がるので通気性が良いそうです。また、ボッチのてっぺんの穂が集まった部分をくるっと丸めてお団子状にしておくことで雨の浸入を防ぐとのこと。上ノ原にはない、茅を乾かす工夫も見られました。さらにもう一点、1つのボッチは6つの束で作るとの違いもありました。集計しにくいのでは?と思いましたが、ダースで数える慣わしなのか、1軒の屋根を葺くのに必要な束数が6の倍数なのか…。単純にカリヤスはススキよりしなやかなので、倒れないようにという物理的な理由かもしれません。
東農大教授の武生さんからは、火入れが茅場の植生だけでなく土壌にも大きく影響するとの説明もありました。年に一度の火入れにより積もる灰はわずかとのことですが、約30年前に火入れを辞めた元茅場の土壌は明らかに黒色から茶色に変化していて、火入れを続けていくことの重要性が伺えました。
今回の全国草原サミット・シンポジウムには約180名の草原に関わる方々が参加されました。それぞれに草原に対する興味や関心のポイント、関わり方は様々ですが、草原への情熱は共通していて、とても有意義な時間となりました。このつながりや学んだ知識や技術を上ノ原の活動に活かしながら、森林塾青水ならではの関わり方を続け、広げていきたいですね。(河辺)
第一分科会
草原の生物多様性 ー維持される仕組みに着目してー
コーディネイター:井田 秀行 氏(信州大学教育学部 教授)
発表者:高橋 栞 氏(東京大学農学生命科学研究科)
○最初に高橋氏から「茅場の現状と新しい維持管理のカタチ」の発表
・茅場利用の実態について全国1718自治体にアンケートし、965回答。現在及び過去の茅場の面積や管理者、茅葺きの建物の有無と茅の調達先などを把握
・茅の質の低下が言われる妙技の鼻で、過去の茅サンプル(屋根の古茅)や植生を分析
→屋根材の茅として有用な植物種が減少し、増えると困る種が増加していた。
→利水のための水位上昇による湿生植物群落の消失がその要因の一つと考察
・茅場関係など、千葉・茨城の活動に参加するゆるいコミュニティ「若手の会」の宣伝
→参加しやすいポイント:①知り合いがいる、②移動手段がある、③実際に体を動かせる
○質疑応答・意見交換
・西日本のほうが草原が多い理由→施肥メインだったから?利用形態がちがったから?
・シマガヤが細く短くなったというのは古茅から検証できるか?→そこまでは難しそう
・活動コミュニティのポイント→①はじめる、②ひろがる、③つづいていく(楽しさ)
・茅場維持の担い手確保等に活用できる可能性がある仕組み→OECM、TNFD(企業が生物多様性への影響について情報公開し、投資の判断基準となるしくみ)、CSR、SDGsなど
・九重の自然を守る会は、九州電力に声をかけて野焼きなどに参加してもらっており、人気があり200人くらい参加している
○感想・考えたこと
・企業の力を上ノ原の活動にも活かせないか→CSRやTNFDなど仕組みの把握、どのようにフィールドと企業のつながりを作っているのか。
・体験コンテンツとして、茅刈りやワラビ採りなどもコト消費として魅力的→観光的な側面からアピールできないか。
・楽しくなければ続かない→活動の運営も一緒 (西村大志)
第二分科会
「茅刈りと萱葺きを未来につなぐ」
青水より藤岡副塾長と稲の二名が参加しました。最初に、基調講演をつとめられた松澤敬夫さんの息子さんで、㈱小谷屋根の「茅葺き師」松澤朋典さんが、地元小谷村にある茅場の現況について解説。「ショクの茅場」
「池の田茅場」 「牧の入茅場」 「堂の入茅場」の四か所ある中で、毎年、牧の入を手始めに、足りない場合は他も刈ってゆくという手順で、一把径20cm(七寸)、これを六把で一纏めにして立てます。
かつて小谷村には、約100軒の茅葺きの建物がありましたが、現在は、民家3、資料館2、その他5の計10軒が維持されています。また、小谷では「二三ぷっくり、四五六ぴしゃ」と言われる、雪国に適合した屋根の勾配で葺かれることも伺いました。
その後、茅葺き文化協会の上野弥智代さんがコーディネーターをつとめ、参加者も交えて討議が進められました。
上ノ原で課題の「茅刈り衆」の確保については、小谷では「刈り子」と称し、子育てママや山岳ガイド、スキー産業従事者、ス キーヤー、トレイルランナーなどに声をかけているとのことでした。また、茅の曳き出しは、運動競技の練習も兼ねて参加する人もいるなど、様々な方法で従事者を確保しています。青水のように、茅刈りイベントに都会からの参加を呼びかけるという方式はとらず、地元及び近隣の関係者が協力しあっているようですが、それだけ茅場の存在が地元でも認知されていることを感じました。
その他、様々な質疑や意見が交わされましたが、最後に上野さんがおよそ次のようにまとめ、第二分科会は終了しました。
○茅刈りそのものの楽しさ、自分で刈った茅が役立つことへの感動、中で火が使え、雨音もしない茅葺き住宅、そして、雪囲いや堆肥などの段階的利用など、茅には様々なメリットがある。
○それらが必ずしも共有されていない現状を踏まえ、 「使って、育てる」を合言葉に情報プラットホームを構築するなど、総合的な力が生かせるような取り組みを進めてゆく。
第三分科会
コーディネーター:東京農業大学地域環境科学部教授
武生 雅明 氏
発表者:親沢北観光委員会 栗田
優 氏 雨中林野組合 荻澤 隆 氏
はじめに、コーディネーターの武生先生(数年前に上ノ原にも来ていただいたことがあります)よりカリヤスの特長などについて解説がありました。その中で、カリヤスはもともと蛇紋岩の崩壊地などの栄養もなく重金属が多いきわめて過酷な環境に生育する植物であるとお話がありました。上ノ原周辺の谷川岳、朝日岳や至仏山などの蛇紋岩の山にはカリヤスの仲間があるはずです。
カリヤスの茅場は、毎年火入れをおこないハギやススキなどを徹底的に排除しカリヤスだけの茅場を維持しているそうです。放置しておくとススキが優先してしまうとのことでした。茅場の管理は、基本的に組合員の地域住民が協力して行いこれまで続けてきたが、茅葺屋の住宅もなくなり継続していくことが困難になってきたいるとのことでした。
会場からは、カリヤスの茅は市場には出回っていないので、販売すればススキよりも価値があり高値で取引されるのではないかとのことでした。 (北山郁人)