2009年12月23日水曜日

「師走のみなかみ巡業」レポート

―利根川流域・法人協賛会員キャンペーン第1弾―

11月14日~15日、茅ボッチの運び出しと「山の口終い」行事が無事終了。これで、今年度のフイールド作業が一段落した。ようやく、遅れていた法人協賛会員の勧誘活動に着手できる状態になった。以下、その他の目的も含め敢行した雪のみなかみ巡業レポート。

◆12月18日~19日。スキー場と温泉宿の地元が待ちに待った大雪のなか、勧誘キャンペーンの第一歩をこの利根川源流の町・みなかみから踏み出すこととした。
先ず18日午前、討ち入りに先立ち、みなかみ町商工会にて山田指導員と北山、清水で作戦会議。かねてリストアップ済みの水上地区候補先14社の中から、最優先すべき先を6社に絞り込み。山田さんがその場から、各社トップに電話してアポイントの取り付けをしてくれた。勧誘の基本スタンスは、水源の町・みなかみの環境資源を利根川流域の皆で支え・守り・生かす活動に参画してほしい。そして、「経営者としての志と知恵とマンパワーを貸してほしい」をキャッチフレーズにお願いにあがることとした。

◆18日午後、北山&清水の親子タッグ(?)で吹雪をついて出陣。第一の標的はサン企画『谷川の雫』と和風レストラン『しんりん』のオーナー経営者・鈴木二三男氏。座敷で2時間弱、ゆっくり話を聞いてもらい、前向きのご意見・ご示唆をいただいた。おまけに、昼食もご馳走になってしまった。勿論、我々の仲間の輪に加わっていただくこともご快諾。実質、地元・法人会員第1号誕生の瞬間であった!
◆第2の訪問先は、牧野・新教育長との面談をはさんで、『花しげ』生花店の矢部誠オーナー。待ってましたとばかり、次から次と話し出したら止まらない話題の持ち主。内容はすべて、みなかみ町が有する地域資源をどう生かすべきか。当方説明が充分出来ないくらい熱い語り口だったが、既にして身内のような雰囲気にて協賛いただけることはほぼ確実。
○この日は6時半から、腰越さん(前・水上町長、前・みなかみ町副町長)の謝恩会。北山、草野、清水と地元有志で永らくのお勤めをねぎらい、当塾に対する影に日にのご支援に感謝。ご本人からも、思い出話やご苦労談をゆっくりお聴きしながら、実に中身の濃い思いで深い一夕を共にすることが出来てよかった。

◆翌19日は、前夜合流した草野さん、北山、清水の三人タッグで出陣。朝一、谷川温泉『金盛館せゝらぎ』の須藤温社長から開戦。まだお若いが、水上温泉旅館協同組合理事長とみなかみ町観光協会会長の要職を兼ねられるご人物。女将の美由貴さんは前・女将の会会長にして、当塾個人会員でもある。コーヒーをいただきながら懇談、今後仲間に加わっていただくべき旅館経営者のお名前をエピソードを交えながら4人もあげて下さった。感謝!
◆次にお訪ねしたのは、水上駅前のお土産&珈琲亭『しなだ』の品田賢一さん。さん付けで失礼は承知の小生馴染みのお店のオーナー。来客応対をこなしながら対談のテーブルに何度もついていただいた。「店内に森林塾青水の情報・展示コーナーを設けて下さい」とか、「沼田市内に友人・知己が多いので、塾のネットワークをあちらにも拡げて下さい」など、嬉しいご提案をいただいた。調子に乗って、「では、既に沼田在住の会員もいるので、品田さんに沼田支部長をお願いしましょう」と言って協賛会費の払込用紙を渡してしまった! 『しなだ』は駅前の一等地にある。塾のギャラリーが実現すれば素晴らしいPRコーナーになること間違いなし。何とか形にしたい。芸術学部出身の北山さん、出番ですよ。(=^^=)
◆五人目は、谷川岳ロープウエー(株)の所長・宇佐美正春常務取締役。東武鉄道ご出身の誠実なエンジニア経営者。新潟県村松のお生まれで、お父様は当地の営林署にお勤めであった由。それもあってか、極めて好意的に話を聞いていただいた。藤原ガイドマップのトロッコ軌道跡に気づかれて、「これを一部でも復元したら、素晴らしい観光資源になりませんか」といったご示唆をいただいた。まことに嬉しく大いに盛り上がり、またまた調子に乗って払込用紙を渡してしまった。(-^o^-)
◆最後は、水上名物『生どら本舗』の小荒井勝利社長。午前中いっぱいは、お自ら、どらやき製造作業に専念というので、午後の最後の面談となった次第。お邪魔した時も、白の作業服姿でお店の前の掃除をされていた。この道一筋、仕事には厳しいがご家族や従業員には優しい篤実なお人柄。「微力でなんのお力にもなれませんが」と仰りながらも、上ノ原の草花や蝶々の写真に目をやりながら、我々の説明に熱心に耳をかたむけて下さった。またまた厚かましくも払込用紙をお渡ししたところ、その場で席を立たれてお金を取りに行かれようとされるので、当方慌てて後日改めてで結構です、と押し留める始末。

◆以上、お会いした6人の経営者に共通していたのは、立派なご見識・経営哲学と地元を愛してやまない強い心の持ち主であられたこと。そして皆さま異口同音に、「素晴らしいことやってますね。そんな良いことやってくれてるんだったら、たいしたことは出来ないが応援させてもらいたい」といった趣旨のお言葉をいただいた。具体的なご提案や活動推進上の注意事項まで教えていただき、本当に嬉しく、雪空の寒さも忘れるほどだった。
 今回の成果は山田さんのご尽力によるところ大なるものあり。感謝してお礼申し上げたい。そして、この次もまたよろしくお願いいたします!

次の行軍計画は雪の2月。講座「コモンズ村・ふじわら-かんじき雪原トレッキング」の前後。宝川温泉『汪泉閣』、武尊山観光開発、みなかみ高原リゾート200の3社。出来れば別目的だが、利根商業高校や藤原小・中学校にもお邪魔したいものである...。

せせらぎの宿「金盛館」
しんしんと雪ふる朝のいで湯かな     (青)

12月23日現在の上の原の様子

以上(草野、北山、清水記)

2009年11月30日月曜日

山の口終いと茅の搬出

11月14日15日講座コモンズ村ふじわらが開催されました。
14日は上毛高原駅に着くと本降りの雨となり今日は茅刈り作業は難しいので
周辺へ遠足しようかと倉庫で昼食をとりながら話していると、
昼食が終わる頃には雨が上がり少し日差しも出てくるような天気になりました。
その後地元の皆さんに連絡していたので上ノ原に皆さん集まり、山の口終いの儀式をおこないました。
この日は茅刈りはおこなわず、なめこ取りと山葡萄取りを行いました。
また一部のメンバーは青木沢峠のマップ作りの確認作業をおこないました。

15日は朝から天気に恵まれ茅の搬出作業は順調におこなわれました。







2009年11月5日木曜日

第5回講座「コモンズ村・ふじわら」報告


台風一過、文字通り『雨過青天』の爽やかな秋晴れとなりました。24日・25日開催の講座「コモンズ村・ふじわら」&「日・中・韓環境ジャーナリスト・NGO交流会」は、皆さまはじめ関係各位のお力添えのお陰をもちまして、天候にも恵まれ全員無事故かつ盛況裡に終わる事ができました。心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。

●参加者総勢76人、日・中・韓の環境ジャーナリオとNGOリーダーに加え、早稲田環境塾生ならびに日大生など若者グループ、研究者、企業人、さらに地元、町役場、茅葺き業者をふくむ様々なセクターの人々が集い、入り会いました。利根川上下流で支える「流域単位の現代版入会い」の様相を呈する画期的な集いだったのではないでしょうか。

●「中国・韓国から参加の4人のパネリストの皆さんは藤原で本当の日本の原風景と日本人に会い、温かい食事のもてなしを受け、心から喜んでおられました」との嬉しいお知らせをいただきました。


■講座「コモンズ村・ふじわら」について
(1)茅刈り講習会の結果 ・「終了証書」交付-48人(環境ジャーナリスト19、早稲田環境塾10、日大生5、森林塾14) 
・刈り取ったカヤ - 合計 280束(=56ボッチ)-諏訪神社の屋根替え用に地元に寄贈するべく全量、町田工業にて保管してもらうことにつき、地元指導員ならびに氏子総  代各位と町田工業の了解をいただきました。
(2)森の植生調査 ; ミズナラ二次林内の5区画で木調査を実施(結果の要約は後日報告します。)(3)バイオマス調査: ススキ草原のバイオマス量調査のため6㎡刈り取り、地上のバイオマスを持ち
帰り乾燥して重量を計測します。
(4)野点サービスは大好評でした

2009年9月1日火曜日

恒例「藤原夏巡業」の思い出

―『飲水思源』の旅をする少女と感動的な出会い―

今年も藤原集落を巡り歩く一人旅を楽しんできた。これまでは、諏訪神社夏祭りをはさむ8月17日前後3日間にしていたが、今年は藤原区民祭り・湖畔の花火大会・藤原湖マラソン大会とつづく21日~23日・2泊3日の日程とした。例によって、上ノ原の散策や集落のあちこちの古老宅や峠道をてくてく訪ね歩くマイペースの旅。今年も、楽しい出会いや嬉しいことが沢山あったが、忘れがたい出会いひとつだけ記しておきたい。







21日夜、民宿「吉野屋」の夕食の席で木内ファミリーと一緒になった。聞けば、長女の梨恵ちゃん(和光市内の小学4年生)が「水道の蛇口の先を訪ねて確かめてみたい」と言い出したことがきっかけで、夏休みの家族旅行先を利根川水源のここ「みなかみ町藤原」にされた由。正に、我々森林塾青水の合言葉『飲水思源』の旅そのものずばりではないか! すっかり嬉しくなり即、ご家族4人と意気投合。翌朝、早起きを厭わぬ皆さんを朝露の上ノ原にご案内。十郎太の泉からスタート、沢沿いに草原の小道をゆっくり登る。ハギ、ススキ、オミナエシの秋の七草3点セットがにこやかに歓迎してくれた。 

 柞(ははそ)の泉でこんこんと湧き出る水源の一滴を味わってもらった。水温8℃。「冷たい、美味しい!」とたいへん喜んでいただいた。広場に戻って、『飲水思源』の門柱を囲んで納得・満足の記念撮影。小生も嬉しかった。こんな感動的な出会いは、もう二度とないであろう。 09.9.1清水(記)

Posted by Picasa

2009年8月2日日曜日

盆堀村はふる里の匂いに満ちていた

-「ぼんぼり山の会」ボサ刈り見学記-
8月1日、「ぼんぼり山の会」の例会に押しかけ参加させてもらった。フイールドのある盆堀集落は武蔵五日市駅から檜原街道を秋川沿いに西進、途中の戸倉から盆堀川の清流を眼下に谷あいの道を行く。直線距離にしておよそ3キロ強くらいか。
「親父の実家のある沢井にそっくり!」。これが、車を降り集落の佇まいを見て思わず発した第一声。V字型渓谷沿いの狭隘の地。石垣の細い坂道を上がった猫の額のような敷地にへばりつくような住居があって、その後ろに段々畑が続いている。先祖累代、営々と石榑と闘い土を掬い上げジャガイモを作ってきた畑だ。
          盆堀はだんだん畑にやぶ茗荷
車道から一番近いお家の庭先に立派なつるべ井戸があった。

折りよく居合わせた高橋おばあちゃん曰く「私が嫁にきた頃は、このあたりの15戸ぐらいの共同井戸でした。昔は通りがかりの旅の人たちにもよく飲んでいただきした。ずいぶん深くて、今でも現役ですが共同利用は・・・」。
ボサ刈りは盆堀川右岸の沢沿いから車道までの足場の悪い斜面をやっていた。前回は地元の人たちのお手伝いという形でやって、今回はその地続きの場所を会の自主的活動としてやっている由。地元からは、窓口役の高橋さんがお付き合いで作業に参加されていた。皆さん手馴れたもので、参加者25名、午前中だけの作業で沢沿い100メーターほどの斜面がすっかり明るく綺麗になってしまった。
            ボサ刈るや盆堀川に月の影

ユズ畑を横目に段々畑の小道を少し登った斜面に道具小屋兼レストハウス(?)がある。間伐の手が入ったスギ林の入り口で草野教官の指導で造られた炭窯も堂々鎮座。林縁の作業道沿いではコンニャクやらヤブミョウガ、ナツスイセン、ミズヒキソウ、シュウカイドウにツユクサなど小生好みの草花が歓迎してくれた。ランチタイム、小屋に戻ると、即席の竈から紫煙が立ちのぼっている。湧き水満タンの薬缶がチンチン。なんと、加藤夫人が野点をやってくれていた。暑いときの一服これに勝るものなし。感謝。わが森林塾青水でも是非、再開・恒常化したきものと思っているのだが誰か・・・。
          ぼんぼりの柚子我ふる里の香りして
09.8.2清水(記)

2009年7月30日木曜日

ハラガキ、里山を跳梁跋扈!

-川越小「里山探検隊」ガイドの記-
09年7月23日10時半、上ノ原の広場に川越小学校5年生28名が集結。内野(雄)、北山、清水の3班に分かれて、直ちに「五感で楽しむ里山探検」開始。ススキ草原→ミズナラ二次林→十郎太の泉で甘露の水を飲み、手を沢に突っ込んで水温当てゲーム。
昼は諏訪神社に移動、草ぼうぼうの茅葺き舞殿でわいわいがやがやお弁当。
午後は師入(もろいり)集落に下って田んぼの見学。林三郎さんに米作りのお話してもらって、雨のあぜ道散歩。
どうやって用水路から田に水を引くかの実演に、「ボクもやりたい」が続出。ハラガキがミズガキに変身! 田んぼのはずれにあるお墓に連れて行って、そこから集落全体を一望。眼前に青田が広がり、その先に三郎さん達の家々があって、そのまた背後に前山があってという典型的な里山の風景がセットされている。
子どもたちは、カエルやバッタにキャーキャー騒いでいたわりに、ノカンゾウやネジバナなどの草花には反応が鈍かった。最後は青木沢峠の往復を敢行。子どもたち全員完走に比して、シルバーガイド3名は脱落! 少子高齢化大国「日本」、野に山にハラガキが跳梁跋扈する日は戻ってくるか・・・。
終日気の抜けないガイド役だったが、三郎さんご丹精のムラサキハナマメの花(写真下)に初めて出会った瞬間だけは、まことに嬉しく心和む思いだった。
09.7.29清水(記)

2009年7月17日金曜日

精鋭部隊による夏の生き物調べ

-「人為的インパクト」についての愚考-
真夏日の7月14日。高野、海老沢両学監以下6名の精鋭スタッフが上ノ原に集合、ススキ草原の生き物調べを実施した。眼前に、ぐんぐん生育中のススキの緑が見渡す限りひろがる。
ここ6年続けてきた野焼き・茅刈り・侵入木除伐を柱とする管理活動の効果を実感。
ホタルブクロ、オカトラノオ、ウツボグサたちが次々と美しい姿を見せてくれる。誰かが、「彼らはこの時期の草原の3大家族だね」というと、横から「トリアシショウマも加えて4大家族にしてほしい」など楽しい会話がはずむ。ナワシロイチゴの花にはヒメシジミだろうか可愛い蝶たちが群がっていた。
ここまでは、我々が担当する「モニタリングサイト1000」のテーマである“人為的インパクト”のプラス効果で喜ぶべき状況。ところが、観察していくうちにニセアカシアやチモシー(写真下) など嫌な連中にも出会ったしまった。5月には集合広場でセイヨウタンポポに気づかされたし、管理道沿いにはオオバコやハルジオン、ツメクサたちが早くから進出していた。
元茅場としてのススキ草原再生のために、我々がつくった管理道や集合広場。それを利用してきた結果、はびこり始めたこれらの外来種や非在来種。ならば、この状況もまた負の人為的インパクトというべきなのだろうか。日頃は泰然自若、めったな事では動じない海老沢学監もニセアカシアの進出には「これは速やかに退治せんといけませんね」とのご判断。チモシーも地元の雲越萬枝さんに聞くと「昭和23年頃、田んぼの畔(くろ)にまいた。ゴルフ場にもあって、ものすごい繁殖力」とのこと。
これらを、繁茂する前に退治することも人為的インパクト? など、あれこれ愚考した生き物調べであった。 09.7.16清水(記)

2009年7月9日木曜日

驚喜の「お茶講」体験記

-上ノ原のカヤがここでもあそこでも!-
7月4日~5日、森林塾青水の仲間6人で第36回「遠足の会」例会に参加して、国指定重要無形文化財「お茶講」体験)と中之条町の文化遺産見学とハイキングを楽しんできた。
お茶講は鎌倉から室町時代にかけて武士階級の間で盛んにおこなわれた「闘茶」の流れをくむもので、同町白久保地区にのみ伝承される全国でも珍しい民俗行事。簡単に言うと、甘茶、渋茶(煎茶)、チンピ(蜜柑の皮を干したもの)という三つの材料の調合割合をかえた4種のお茶が計7回出されるのを、香りと味をたよりに言い当てるゲーム。今回の参加者23人の成績は、全問あたり(ハナカツギ)3名、全問はずれ(サカサッパナ)1名。この二つの比率が高いほど豊作になると言い伝えられており、この分だと今年の実りに期待が持てるそうな。
実は小生、前回2年前は正解1問の情けない結果。密かに捲土重来を期した今回、当日朝のコーヒー・お茶断ちをして勝負の甲斐あって驚喜のハナカツギ!
ところで、お茶講保存会の拠点・白久保「お茶講の家」(写真上)は茅葺き古民家で、町田工業さん(森林塾青水会員)が上ノ原のススキを使って屋根替えをやっている。因みに、町田社長は保存会の熱心な会員で今回体験会では「勝」=成績記帳方の役回り(写真手前)。

そんなこんなの事情を、初参加の川端さんや成瀬さんに見聞していただけたのも嬉しいことだった。


ところで、昼食をとった蕎麦処「たけやま」も茅葺き古民家建築でこの屋根材も上ノ原のススキ。そして、見学に立ち寄った国指定重要文化財「富沢家住宅」(写真上)の茅葺きにも上ノ原のススキが大量に使われている。いずれも町田工業さんの手による仕事である。
富沢家住宅は絹の国群馬を代表する最古級の大型養蚕農家建築で、世界遺産登録を目指す『富岡製糸工場と絹産業遺産群』の資産を構成する重要な文化遺産のひとつ。今はユネスコの暫定リストだが、正式認定されると上ノ原のススキが世界遺産の屋根材になる(-^o^-)
もっともっと、「細くて芯が強くてゴミが少ない」良いカヤ作りに励まなくちゃ。
09.7.8清水(記)

2009年6月21日日曜日

「生き物調べ」番外編-藤原は気候変動の最前線!?


6月20日~21日,今年度第3回講座「コモンズ村・ふじわら-生き物調べと寺山峠のフットパス地図づくり」を開催。全国草原再生ネットワーク「総会」にあわせて地元や役場の皆さんとの「交流会」を併催したので、延べ参加者85人におよぶ賑やかな集いとなった。
人の賑わいもさることながら、「人と生き物が入り会うコモンズ村・ふじわら」を標榜する我々にとって嬉しかったのは、日ごろ見かけない生き物たちにも出会えたこと。クマタカ、アカショウビン、ノスリにヤブサメなどの鳥類。ネットワークの皆さんをご案内した師入では今年もサンショウウオに会えたし、古道・青木沢峠の道中では、ヤマアカガエル、ギンリョウソウ、イチヤクソウに、エゾハルゼミの大合唱のなかカモシカ君も出迎えてくれた。

サンショウウオの子ども

エゾハルゼミの脱け殻
峠の頂(標高887m)で十二神様(じゅうにさま=山神)にご挨拶、尾根筋に展開する美しいブナ林で一服。ブナ林からカラマツ、スギの人工林に変わる坂道を足取りも軽く下る。そこまでは順調だったのだが、青木沢集落に間もなくというところで異変が相次いだ。なんと、庚申塔の胴体部分が台座を残して、道端に転げ落ちていたのだ。5月に来た時には、ちゃんと座っておられたのに。隠れ切支丹伝説のある石塔だが、人間業とは思えず、犯人はサルかクマかという事になったが疑問を残したまま下山。
そこで又、次なる異変に気づかされた。一行11人中4人もがヤマビルにやられていたのだ(吸血中)。
「これまでは出ていなかったのですが、とうとうここまで来てしまいましたか」と地元ガイドの吉野一幸さん。5月にこの峠道を歩いたときに、イノシシのぬたばをいくつも見たことを思い出した。豪雪地帯の藤原には住めないはずのイノシシが出没し始めたのは3年前からのこと。そういえば、今年も雪が少なくて野焼きの日程が1週間前倒しになった。地元の篤農家・林幸夫さんにお尋ねしたところ、峠の麓・師入田んぼの最高積雪記録は09年・130cm、08年・160cm、07年・60cm、06年・240cm、05年・210cm。イノシシが出没し始めた3年前から雪が激減してきている。サルは随分以前から集落内を闊歩している。とすると短絡的かもしれないが、ヒルを運んできたのはイノシシということになる。
サンショウウオにヒルの組み合わせ。これって、ゆたかな生態系? 違うよね。 雪が少なくなる事によって、地域固有の生態系が変わりつつある兆し。さすれば、上ノ原は生物多様性のホットスポット、藤原集落は気候変動の最前線ということになろうか!?
09.6.28清水(記)

2009年6月17日水曜日

芦ノ田越え古道橋完成!

6月17日についに芦ノ田越え古道の橋が完成しました。全長18mあまり、鉄パイプの手すりと足場板も取り付けられ、誰でも安心して渡れるようになりました。


また、古道の入り口には手作りの道標も立てられました。


2009年6月11日木曜日

奥日光の森を歩いて感じたこと

―痛々しい日光の自然!―

6月7日から2泊3日、湯の湖畔の休暇村(標高1486m)を拠点に奥日光の自然散策を楽しんできた。かねて念願の東大植物園(植栽2200種)を皮切りに戦場ヶ原、小田代原、西ノ湖から千住ケ浜、湯ノ湖から湯滝、お魚と森の観察園など、文字通り森あり川あり滝あり湿原ありの変化に富む自然のモザイクを観察させてもらった。
観光客に一番人気のクリンソウ(写真)はもとより、清楚なシロヤシオツツジや可憐なマイヅルソウたちにも出会えた。そして、何よりもハルニレやシウリザクラ、ヤチダモ、ドロノキなど日頃見られない樹種の森を歩くことが出来て嬉しかった。

でも途中から、ちょっと待てよと思わざるをえない光景に次々出会ってしまった。クリンソウの群生地は全てネットで囲われていたし、ハルニレやシウリザクラ、ヤチダモたちの根元も黒い網が巻かれていた(写真)。みんな悪名高い(?)シカの好物で、その食害対策だという。『保護林』の看板が立っている林内では特に目立った。どの森の看板にも「森の取り扱いは、人手を加えず自然の推移にゆだねていくことを原則にしている」とあった。人の手でネットを巻くことは、この原則に反しないのか。こうまでしないと保護できないのか。足元をネットで巻かれた樹々を見て、痛々しいと思わざるを得なかった。

そういえば、湯ノ湖西岸の遊歩道を歩いたとき幾筋もの獣道を見た。夜、水飲みに森と岸辺を往復するシカたちの通勤路(写真)がそれこそ縦横無尽に走っていた。
増えすぎた(と、人が考える)シカやサル、イノシシたちとどうしたら共生できるのか。

昨春、山形県高畠町で草木塔を見てきた。この5月、北海道黒松内町には獣魂碑があった。そして今回、日光では魚供養塔に出会った。いつ建立されたかは別にして、狩猟採集時代の昔から続く自然の恵みに対する感謝の気持ちに由来するものであろう。
フランスにはジビエという野獣料理があるそうだ。ただ駆除するだけでなく、感謝の心をもって有効に活用する。そんな方途はないものなのか・・・、など愚考した次第。


清水(09.6.11)記

2009年6月3日水曜日

黒松内町「北限のブナ林とフットパス」視察記

-ここにもいた環境キーパーソンとその後継者たち-

5月29日~31日、森林文化協会主催の野外セミナーに参加。3日間で、天然記念物のブナ林と変化に富んだ3本のフットパスを歩くこと約25㌔。地元の名ガイドに導かれ、11人の旅仲間とそれより多い町役場や町民ボランティアスタッフの大歓待をうけながらの楽しい学びの旅だった。それは、何もなかった寒村の「自然を生かした町おこし」20年の歴史を学ぶ旅でもあった。
ない物ねだりをしないで知恵を絞って生まれた「ブナ北限の里づくり」構想~歌才自然の家~ブナセンター~特産物加工センター~フットパスづくり~「にほんの里100選」入選。一貫した町興し施策が積み重ねられ、今や人口3千人の田舎町に年間15万人の観光客が訪れる。
成功の要因はいろいろあるだろう。たった3日間の見聞の範囲内で理解不足を承知で言えば、複数の環境キーパーソンの存在とその後継者の存在が大きかったのではないか。
初日歩いたチョポシナイ・コースのボランテイア案内人の中に前町長の谷口さんが混じっていた。その夜の地元歓迎会のホストで現町長の若見さんはかつての部下。2日間手弁当でお付き合いいただいた町のフットパスボランティア・リーダーの新川幸夫さんと町役場企画調整課でこの分野の仕事を黙々こなしている雅幸さんは親子。北海道はもとより日本のフットパス運動の第一人者小川巌さんとそのお手伝いをしながら自然体験エコツアーに取組んでいるご子息の浩一郎さん。もっと他にも、たくさんの人の輪の繋がりがあったことであろう。

フットパスづくりは道と道、集落と集落を繋ぐだけではなく、世代や出身地、職業、居住地域を超えた人と人の繋がりをつくり、襷を繋いでいくことでもあった。
我々森林塾青水は今年いよいよ、再生なった3本の峠道のフットパス地図づくりに取組む。どんな地図をどんな風につくるべきか。大いに参考になり、具体的イメージも湧いてきた。だが問題は、将来にわたって継続し活用していくべきキーパーソンとその後継者づくりではないか・・・。 清水、記

2009年5月20日水曜日

火入れ効果、歴然!

野焼きからおよそ1カ月たった5月17日。09年度第1回生き物調べ。


期待していた野焼き効果は写真で見る通り歴然だった。火入れをしたエリアは青々としているのに対し、雪の防火帯だったエリアはまだ枯れ葉色のまま。
火入れをした末黒野の大地に足を踏み入れると、早くも、ワラビやハンゴンソウなどの山菜類に加え、ミツバツチグリやセンボンヤリ、ツボスミレなど草原性の草花がたくましく成長し始めていた。野を焼くという人為的撹乱効果が確認されて嬉しいかぎりであった。
ところが、そのあと集合広場や水汲み場周辺でセイヨウタンポポの小集団に出くわしてしまった。昨年までは気づかなかった現象。これは不味いぜと思わざるをえなかった。言わば、マイナスの人為的インパクトだ。早く手を打たなければと、ちょいと焦ってしまう。「モニタリングサイト1000」に登録させてもらった我々のミッションは5年毎の人為的影響調査だ。5年後、プラス効果が出るようにしたいと思うが、さてどう考えれば良いものやら・・・。



十郎太沢沿いやあちこちの窪地にはニリンソウやヒトリシズカが群生していた。



目下、短期独身中の草野さんがそのヒトリシズカの群生を見ながら「一人じゃ暮らせぬヒトリシズカ」と再三つぶやいていたのが印象的な生き物調べだった。(´―`) 清水、記

2009年5月12日火曜日

「綾の照葉樹林プロジェクト」視察記

5月8日。綾南川にかかる照葉大吊橋。橋高142㍍、通潤橋の7倍。
眼下に、幾重にもぶあつく重なって広がる照葉樹の森を鳥瞰する。
見渡すかぎり、モコモコの緑の樹冠が初夏の陽に照り輝いている。まさに圧巻!

九州森林管理局、宮崎県、綾町、地元NPO「てるはの森の会」と
NACS‐Jが「世界自然遺産」登録を目指して取組み中の
「綾の照葉樹林プロジェクト」。50~100年後の森の姿を想定した
対象エリア約1万㌶におよぶ大構想だ。

吊橋前で名刺交換した九州森林管理局の歌野主席森林官と田中生態系管理指導官。
熱心にご案内いただいたお二人の眼の輝きと田中さんの肩書きに、
このプロジェクトにかける林野庁の意気込みを感じた。
スギを中心とした人工林から天然林への復元を目指すエリアは1895㌶で
全体の24㌫。100年間に4残2伐(植栽列の6列のうち4列を残す間伐方式)を
ボランタリー参加で3回行い、下種更新をもって順次復元を図っていく方針とのこと。

綾南川の渓谷沿いの小道を行くと簡素な佇まいキャンンプ場があって、その先に
営林署の製材所跡がひっそりと残っていた。そして、さらにその上に座す
川中神社までの一帯は既に、森林セラピー基地の認証を受けている、由。
川沿いには集落跡が点在し、道は当地・綾から今の小林市須木に通じていたという。
聞けば、『駄賃馬道(だちんばみち)』という塩の道であったそうな。

思えば、照葉樹の森は日本や東アジアの伝統文化の基層をなす重要な存在。
日本、台湾、東アジアにきり残っていない自然文化複合遺産みたいなものだ。
通潤橋は江戸時代の民が残した偉業。
この綾の森は官民が一体となって取組む平成のビックプロジェクト。
ずっと応援したい、と思った。

清水、記

2009年4月9日木曜日

野焼きのための防火帯ができました!



4月8日、上ノ原の火入れ予定地を視察してきました。積雪は、例年よりはるかに少ないながら約60cm。今年も萬枝さん、利根男さん、純ちゃんが3台のブルドーザーで延べ15日かけて雪堀りをしてくれました。雪の下のススキを傷つけないように地面すれすれに掘るのは容易なことではありません。正にプロの技です。火入れ予定地(およそ2ha)の周囲には雪の壁が築かれます。これが安全を保障する防火帯になるのです。
これから火入れ予定日の18日まで10日間で乾燥させます。雪掘りは豪雪地帯に特有の野焼き風物詩にお欠かせない仕事です。
萬枝さん、利根男さん、純ちゃん、そしてご支援いただいたみなかみ町役場の皆さま、ご苦労さまでした。(´ー`)    清水、記



2009年3月23日月曜日

上の原積雪状況


清水さんと草野さんが20日21日とみなかみ町藤原に状況確認とした打ち合わせに行ってきました。上ノ原の3月20日現在積雪量は約120cmです。現在の状況では、野焼き日程は4月18日~19日が有力候補です。(当日天候次第では1週間後に順延はあります)4月初より除雪作業に着手して、防火帯を設置して安全に万全を期す予定です。